脱・検証できない科学 経済学で進むフィールド実験

伊藤 公一朗
研究員

行動経済学は、人間の非合理的な行動を科学的に説明しようとする学問だ。このアプローチにおいて重要になるのは、「人はどう行動しているのか」「どんな要素によって行動を変えるのか」という人間の行動実態についての正確な分析である。近年、経済学の分野でも実験を行うことで、行動を精緻に解明できるようになってきた。

経済学は実験を行うことが難しい学問だと長く考えられてきた。だが近年、ランダム化比較試験 (Randomized Controlled Trial、RCT)と呼ばれる手法を使い、フィールド(実際の経済環境)における実験が行われるようになっている。

RCTは、個人や家庭、企業といった実験対象となる集団を複数のグループに分け、ある介入を行った場合の影響をグループ間で比較する手法だ。ポイントはランダムにグループ分けすること。介入以外はグループ間の差がない状況を整え、結果からバイアス(偏り)を科学的に排除し、因果関係を明らかにするのだ(下図)。

図:経済学もランダム化比較試験で実験
図:経済学もランダム化比較試験で実験
出所:本誌作成

たとえば2008年の米大統領選でオバマ陣営は、RCTを使ってウェブサイトのデザインを決めた。画像やクリックボタンの文言が異なる24通りのサイトを閲覧者31万人にランダムに表示し、それぞれのサイトを見たグループごとにメールアドレス登録率を測定。最も登録率が高いサイトのデザインを、選挙運動本番で採用した。

結果は陣営が事前に予想したものとは異なっていたといい、勘に頼るよりも賢明に選挙戦略を構築できたことになる。

税の表示が販売に影響

では、経済学ではRCTをどう活用するのか。好例は米スタンフォード大学のラジ・チェティ教授らが09年に行った研究だ。スーパーマーケットの価格表示が税込みか税抜きかで、消費者の購買行動がどう変化するかを明らかにした。

複数の小売店舗をランダムに、介入グループと比較グループに分類。さらに介入グループの店舗にある商品のうち、ランダムに選んだ商品群だけ税込みで価格を表示した。通常、米国の小売店では税抜きで価格表示がされており、この実験でもそのほかの商品は税抜き表示だった。

結果として明らかになったのは、「税込みで表示すると、税抜きの場合に比べ、売り上げが平均8%下がる」という明確な因果関係だった。伝統的な経済学の理論では、消費者が税の計算を自分でできる場合、表示が税込みか税抜きかは購買行動に影響しない、という仮説が成り立つ。最終的に支払う額は同じだからだ。こめ伝統的な理論による仮説は実験結果によって、間違っている可能性が指摘されたわけだ。

この成果は税金の制度・政策を研究する公共経済学という分野に対して大きな示唆をもたらした。もちろん、小売企業の経営戦略にも生かせる。

ほかにもRCTを使ったフィールド実験は、環境や医療、途上国開発、エネルギーにかかわる経済学の分野で広く導入されつつある。RCTというツールによって、21世紀の経済学は新たな発展を遂げることになりそうだ。

『週刊東洋経済』2017年11月25日号に掲載

2017年12月20日掲載