電力全面自由化の課題-「発送電分離」必ず実行を

伊藤 公一朗
研究員

今年4月、総額17兆円規模といわれる電力市場が全面開放へ向けて動き出す。成功すれば日本史上最大の電力規制改革となる。日本経済にとって大きなチャンスといえる。

まず、これまで地域の電力会社が独占していた市場が開かれることで、企業間の競争が進み、独占状態に起因する発電事業や小売りサービスの非効率性が改善される。適切な競争環境が整えば、世界的にみて高額な日本の電気料金が下がることが期待される。

電力以外の様々な業界でノウハウを培った企業が新規参入することで、新しい付加価値を待ったエネルギーサービスが生まれる可能性もある。見据える市場は国内市場に限るべきではない。太陽光、風力など再生可能エネルギーの導入が世界的に加速し、スマートメーター(次世代電力計)などの技術革新も進むエネルギー産業で、日本企業が革新的なイノベーションを先んじて起こせば、巨大な海外市場へ進出する足がかりとなる。

このチャンスをものにし、改革を成功させる鍵は何か。本稿では、海外での歴史的教訓を踏まえながら解説する。

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電力市場は、発電を担う発電部門、発電所から消費者まで電力を届ける送配電部門、そして発電者から電気を買い消費者へ売る業務を担う小売部門、という3部門からなる。図の左側にあるように、1990年代以前までは、世界中でこの3部門が地域の独占企業により運営されてきた。90年代から各国で始まった電力自由化とは、この構造を図の右側ヘシフトする動きだ。

図:電力自由化前後の電力市場
図:電力自由化前後の電力市場

改革の流れは以下の通り。まずは送配電部門を地域独占の電力会社から切り難し、独立した組織とする「送配電部門の分離」を実施する。適切な分離が実施されないと、送配電部門を保持する電力企業が新規参入企業へ不公平なアクセスを強いるインセンティブ(誘因)を残してしまう。

そして送配電部門の分離と同時に実施されるのが「発電部門の自由化」だ。つまり、誰もが発電所を建設し、電力をつくることを認める。発電部門の競争促進で発電コストが大幅に下がることは、世界中の経済学者がデータ分析で実証している。費用を積み上げて料金を決める総括原価方式で電力を売る発電所はコスト削減のインセンティブがない。しかし自由化による競争が進むと、高コストでは発電しても売れないという状況に陥るため、すべての発電所が効率的に運営されるようになる。通常、最後に実施されるのが「小売部門の自由化」だ。

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今回の改革を成功させるための鍵は4点に集約される。

第1は、現在の政権が計画する2020年までの改革をすべてやり遂げることだ。政府の計画では、今年4月に「小売部門の完全自由化」を実施するが、「送配電部門の分離」が実施されるのは20年と先送りされている。各国の経験では、電力自由化改革で最大の経済的便益を国民にもたらすのは「送配電部門の分離と発電部門の競争促進」だ。国民にとって一番の便益をもたらす部分が先送りにされ、最終的にうやむやになるようなことがあってはならない。

第2は、送配電部門の中立性確保だ。新規企業が発電や小売りに参入したいと考えても、送配電への公平なアクセスがなければ適切な競争は起こり得ない。日本が計画する送配電部門の「法的分離」は、地域独占の電力会社が持つ送配電部門を別会社とするが、新会社は既存企業の傘下に残り、会社間で資本関係を有することが認められる方式だ。

送配電部門の中立性確保という点からいえば、この方式は他国の例に比べて弱く、規制側の継続的な監視が必要となる。例えば、米国や欧州の一部では、送配電線の所有権は地域独占の電力会社に残したものの、送配電線の運営はすべて公的な第三者機関(独立系統運用機関)に移行した。つまり、地域独占の電力会社に送配電線の運営を担う部門は完全になくなった。

公的な第三者機関が送配電線の運営を担うメリットは、新規参入の企業に対して平等な送配電線のアクセスを保証できることだ。例えば、送配電線の利用料である「託送料金」が新規参入を阻止する目的で高く設定されるなどの懸念を払拭できる。

一方、日本の計画では、送配電会社と地域独占の電力会社との関係が完全には切れないため、既存の電力会社の傘下に残る送配電会社は新規参入者へ不平等なアクセスを強いるインセンティブが残る。新設された電力広域的運営推進機関や電力取引監視等委員会といった規制当局が、どれだけ厳しい監視を継続できるかが大きな鍵となる。

第3は、発電部門の競争促進により発電コスト削減が達成できるかだ。発電部門の自由化は法的には既に導入されているが、新規参入企業による発電量は極めてわずかで、9割以上の電力が地域独占の電力会社により発電されている。つまり日本の発電部門はいまだに図の左側の状態だ。

この状態のまま小売部門の競争だけが進んだ場合、何が起きるか。発電コストが変わらないため、消費者の総支払額は変化しない。小売りでの競争が進んでも、実は小売りの売り上げが地域独占会社から新規小売業者へ移っただけという事態も起こり得る。消費者にとって、価格が大きく変化しないならば、小売り自由化のメリットは小さい。

発電部門の競争促進には様々な手法がある。多くの国では、地域独占企業が所有している発電部門を分離し、親会社の傘下外の別会社として独立させるか、発電所を別会社へ売却させる方法をとる。すると、既存の発電所と新規の発電所が対等になり、競争が進みやすくなる。

卸売り電力市場の活性化を図ることも重要だ。現在、日本の卸売り電力市場で取引されている電力量は総電力量の2%程度だ。50%以上の電力が卸売り電力市場で取引されている先進諸国の事例に比べると極端に少ない。

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成功の鍵として最後に挙げたいのは、小売部門の競争促進と付加価値サービスの創生だ。前述のように電カコストの大部分は発電にあるので、発電部門の競争促進がなければ、電力料金が大幅に下がることはない。しかし携帯電話、インターネット、ガス、ガソリンなどとのセット販売など、小売りサービスが効率化すれば、若干の料金低下やサービスの向上が期待できる。

より大きな付加価値の創生が期待されるのは、電力消費のピークシフトを促す料金体系が普及することだ。震災後に発せられていた「電力は常に足りない」というメッセージには語弊がある。日本の電力は夏の午後や冬の夕方などのピーク時には足りなくなるが、それ以外の時間では余剰がある時間帯も多い。

ピークシフト型の電力料金は、電カコストが低い時間帯には料金が低くなっているため、賢い電気の使い方を促し、消費者の電力支払総額を少なくできる。ピークシフト料金は新しい付加価値の一例だ。小売り自由化が単なるパイの奪い合いではなく、新しい価値を創生できれば、各国に先駆けた小売り自由化市場の形を示すことができる。

歴史的に類をみない規模の電力市場が全面自由化されるため、世界の企業や政府が日本の改革に注目している。改革が日本経済にとって大きなチャンスとなることを願う。

2016年3月1日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2016年3月18日掲載