都市の強みの3密変革促す 人口集積と感染症リスク

藤田 昌久
京都大学特任教授

浜口 伸明
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

新型コロナウイルスの感染が、世界の巨大都市を中心に拡大している。本稿では空間経済学の視点から、東京一極集中に代表される日本の都市化社会とコロナ危機について考察する。

空間経済学とは、多様な人間活動が近接立地して互いに補い合うことで生まれる集積力(効用、生産性、創造性の向上)に注目し、「人・物・金・情報」の移動費用、つまり広義の「輸送費」の低下とともに進行する都市・地域・国際をまたぐ空間システムのダイナミックな変遷を分析する経済学の新分野である。

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今回のコロナ危機を理解するには、輸送費の低下は都市の発展をもたらすと同時に、ウイルスの国内・国際間の拡散を容易にするという人類にとって「不都合な真実」を視野に入れる必要がある。今回は情報通信技術(ICT)に支えられながらも密なフェイス・ツー・フェイス・コミュニケーションを不可欠とする現代の「知識創造社会(Brain Power Society)」に特有のパンデミックだ。

戦後、日本の経済発展は人口と経済社会活動の東京一極集中の下に進行してきた。新型コロナの感染拡大はそうした空間構造の影響を受けている。

図は感染拡大期(3月23日~4月23日)の各都道府県の感染者増加数の全国比率を縦軸に、2018年末の各都道府県人口の全国比率を横軸にとったものだ。感染拡大期の各都道府県の感染者数増大は「人口規模の効果」が働いていることが読み取れる。特に東京都は、全国人口の11%、全国感染者増加数の31%を占めており、3倍近くの人口規模効果が働いている。一方、それ以前の感染初期には人口規模効果はみられない。

図:都道府県人口および感染者増加数の全国比率

急激な感染拡大で人口規模効果が顕著に働く理由を理解する鍵は「3密(密集、密接、密閉)」にある。政府の専門家会議は、3密の回避が感染拡大を防ぐ肝だと指摘した。一方、空間経済学では多様な3密こそが都市の魅力ないし活力の源だとされる。ただし、それは「常態」においてであり、コロナ危機では都市の活力の源であるべき多様な3密が自己増殖的な感染拡大の源として裏目に出た。

日本最大の都市である東京を例に考えてみよう。全国から多くの若者を引きつけながら人口増大を続ける東京の魅力の源泉は、様々な経済社会活動全体での圧倒的に多様かつ多層な3密の集積にある。例えば大学の学生・教員数、ライブ公演の開催数、飲食店の売り上げでは、東京は全国人口比の2~3倍のシェアを占めている。人口の密集はその数倍の規模で人と人が密接に接する機会を増やすのである。同程度の人口規模効果でウイルスの感染が拡大したことも理解できる。

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では、なぜ東京に圧倒的に多様な3密の集積が形成されてきたのか。根源的な理由は、人間は他の人々とのコミュニケーションを求める社会的動物であり、「産・官・学・住・遊・医」などの様々な活動で、多様な人間がより多く集中する都市に住むことにより、多様な3密の場を介してより高い満足度(効用、生産性、創造性)を達成できるからだ。3密の最も多く集積する東京都の1人当たり所得水準は全国で最も高く、全国平均の約1.7倍だ。

距離にほぼ無関係に使用できるICTが高度に発展した現在でも、なぜ人々は都市に集中するのか。この問題を解く鍵は、人々の交流でICTとフェイス・ツー・フェイス・コミュニケーションは相互に「補完的」であるという空間経済学でよく知られた事実にある。21世紀の知識創造社会での中心的な活動は、あらゆる経済社会領域での新しい情報・知識の創造と波及だ。

その活動のための「形式知」はICTでも交換できるが、多様な頭脳の中にしかない「暗黙知」を瞬時に組み合わせて新しい情報・知識を創造し交換するには、フェイス・ツー・フェイス・コミュニケーションが不可欠だ。従ってこれまでは知識創造社会での中心的な活動は、人々が密閉されたオフィスに密集し密接に対話しながら行われた。

今回、政府は国民に3密を避ける行動変容を要請した。その一つが極力オフィスワークをテレワークへ切り替えることだった。しかしコロナ危機前に対面意思疎通ができるオフィスワークを常態としてきた企業にとって、テレワークで代替することは困難だった。この状態が変化しない限り、要請が緩和されるとともに企業は元のオフィスワークに戻り、都心は元の3密の状況となる可能性が高い。

3密により成長してきた大都市が、今後は感染症リスクに対応して進化するために3密を避けなければならないというパラドックス(逆説)に直面している。これを乗り越える鍵は、オフィスワークとテレワークが代替的でなく補完的に機能するようにすることだ。

それにはICT環境を進化させるだけではなく、常態において2つの働き方が相互に補い合うように、企業内、企業間、および企業を取り巻く社会のシステムを変革することが必要だ。そうすれば毎日の通勤を避けながら、多様な人材活用や、雇用者の様々なライフイベントに柔軟に対応するといった人口減少社会に求められる働き方改革の実現にもつながるだろう。

在宅勤務の普及には、仕事の空間を確保できるように広い住宅が必要だ。地方移住や多拠点生活も選択しやすくする必要がある。テレワークに加え、オンライン学習やオンライン診療を広げるなど、ICTと対面接触の最適な組み合わせによる新しいコミュニケーションシステムの構築と社会システムの変革は、総合的に推し進めるべき課題だ。

対面接触の必要が減れば東京を現在の規模で維持する必要はない。かねて大規模災害時の危機対応や地方創生の観点から叫ばれてきた東京一極集中是正を改めて重点的に推進すべきだ。

ただし東京一極集中の問題は感染症や大規模災害への脆弱性だけではない。根本的な問題として、東京一極集中の下に、東京のみならず日本の経済社会全体で多様性が失われていくことに目を向ける必要がある。

なるほど東京都の現在の1人当たり所得は国内では最も高い。だが日本の1人当たり国内総生産(GDP)は、経済協力開発機構(OECD)ランキングで00年には2位だったが、19年は19位に低下している。21世紀の知識創造社会で高い創造性を発揮するには、日本全体として多様性を促進する新たな経済社会システムを創っていく必要がある。

今回のコロナ危機では、都道府県が独自の対応策や「モデル」を提案して危機対応で主役を演じ、それが国の行動を促した。経済社会の多様性を促進するためにも、地方分権のさらなる推進が求められる。ICTを駆使しながら行政上の権限を創造的に分散しつつ、多様性に富んだ新たな日本の再構築を期待したい。

2020年7月8日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2020年8月27日掲載