知のルネサンスを広げよ

藤田 昌久
RIETI所長・CRO

グローバル化と知のルネサンスの同時進行が、歴史上繰り返されてきた。前世紀後半からの知の創造活動に関しても、その拠点を日本を含む東アジアとすべく、仕組みづくりを急ぐべきである。「世界の工場」を脱皮し、競争と連携を通じ多様な頭脳の交流が求められよう。

グローバル化と知の創造同時に

今世紀、世界経済の一層のグローバル化とともに「知のルネサンス」を通じた知識創造社会への転換が本格的に進展する。つまり、経済活動の脱国境カとともに、先進国や多くの新興国での主な経済活動が、大量生産にもとづく「ものづくり」から、広い意味のイノベーションや知識創造活動へと移行する。

グローバル化と知のルネサンスの同時進行は、歴史的に繰り返されてきた。例えば、14-16世紀の欧州での「ルネサンス」では、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなどの偉才を続々と輩出。多様な分野で「知の爆発」がみられ、産業技術やビジネスの領域でも多数の一般の人々を巻き込んだ多くの発明・革新が持続的に起きた。

空間経済学の視点で見れば、この原動力は、ヒト・モノ・カネ・情報の移動に伴う広い意味での「輸送費」の大幅な低減の結果といえる。200年にわたる7回の十字軍遠征を通じ、交易の障害だった各種の封建的な壁が破壊され、欧州は地中海の制海権を獲得。同時に陸海上での輸送技術の様々な改善で、交易の輸送費も大幅に減少。グーデンベルグの活版印刷発明も、欧州中での知識の普及を飛躍的に促した。この結果、遠隔地交易が劇的に広がり、金融業の発展や商人階層の出現を促すと同時に、比較優位と集積の経済に基づき産業特化した多数の都市国家が急成長したのだ。

作家の塩野七生氏は、ルネサンス時代の都市国家を「土地は持っていないが頭脳は持っている人々が集まって作った頭脳集団」と定義し、それら多様な「頭脳集団」が密な交易と交流を通じて刺激し合えば、経済力の飛躍的発展と同時に、知の爆発が起こらない方がおかしいと指摘する。これは、多様性と近接性から生まれる人間活動の集積力と創造性を理論の中核にとらえる空間経済学の結論とも一致する。

人的資本蓄積しイノベーション

前世紀後半から起きているグローバル化と知のルネサンスも、これと同じ構造・要因である。ジェット機やコンテナ船に代表される輸送技術やインターネットに代表される情報通信技術の飛躍的発展、さらには冷戦の終結で、国境を越えた生産・交易活動が飛躍的に伸び、世界中の大都市を中心とする多様な「頭脳集団」が互いに刺激し合うことで、知の創造と普及におけるグローバル化を中心とした知の創造活動が大きく伸びている。

ただし、この知の国際ネットワークの中核拠点は現在のところ米国と欧州連合(EU)である。

「世界の工場」と呼ばれる東アジアは、主に日本と新興工業経済群(NIES)で生産された様々な高品質の中間財(部品、製造装置、素材など)と、中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)の低賃金の労働力を効率的に組み合わせ、組み立て型製造業を中心に東アジア大の生産システムを形成。多様な製品を全世界に輸出し、地域全体としては世界で最も高い経済成長を達成している。

しかしながら、日本を含め東アジアが今世紀さらに持続成長するには、「世界の工場」から「世界の創造拠点」へと脱皮・発展する必要がある。

経済成長面では、90年代以降の日本は世界の劣等生で、この低成長が現在の様々な格差論議の背景にもなっている。この下降トレンドを反転させるには、農業、サービス業や中小企業を含め日本全体の労働生産性を上昇させる以外になく、広い意味の創造性やイノベーション力を持続的に高めることが不可欠だ。

日本以外の東アジアにも同じことがいえる。経済成長の果実である所得上昇は賃金上昇と表裏であり、低い賃金をテコに急成長してきた国々が、高所得つまり高賃金の経済に発展するには、労働生産性上昇以外にない。そうなると、多様性に富む人的資本の蓄積とともに、経済社会全体のイノベーション力の持続的な促進が欠かせなくなる。

近年、シンガポールや香港を含め、多くの東アジアの国・地域が知識創造型社会への脱皮を模索している。例えば、中国は、一昨年発表の中長期科学技術発展計画で、20年までに「科学技術大国」つまり先進国と同レベルのイノベーション型国家、さらに50年までに世界最先端の「科学技術強国」へと発展させることが国家目標になった。

ただし国ごとの取り組みだけで東アジアを世界の知識創造拠点にするのは難しい。重要なのは東アジア各国・地域の異なる歴史・文化・環境を背景とした多様な頭脳集団からの相乗効果を生かすことだ。つまり「三人寄れば文殊の知恵」である。

多様な頭脳や頭脳集団からどのように相乗効果が生まれるのか。説明を簡略化するために「二人の知恵」を考えよう。まずAの知識の総体とBの知識の総体がある。AとBはある程度の知識を共有しないと有効にコミュニケーションできず、各自がある程度の固有知識を持っていないと協力する意味がない。従って、知識創造の共同作業では、共通知識とおのおのの固有知識の適度なバランスが重要である。ただ、AとBの2人で長期間密な協力活動がなされると、共通知識の割合が増え、各自の固有知識の割合が減少していく。そうなれば「三人寄ればただの知恵」に終わる。

競争と連携通じ人材引きつけよ

この、共通知識の肥大化による多様性の減少が現在の日本の抱える根本的な問題である。近年までのように、先端知識は欧米からうまく吸収し、それを適当に改変・改善することで成長できた時代には、共通知識重視の従来の日本の経済社会システムはうまく機能した。しかし現在日本に必要なのは知のフロンティアの開拓である。そのためには従来よりもはるかに固有知識重視の、多様性豊かで流動性のより高い、経済社会システムの再構築が必要になる。

それには、本格的な地方分権も含め、日本の経済社会システム全体で多様性と流動性を促す大胆で様々な変革が必要になる。だが変革は日本一国だけでなく、歴史を通じ、日本全体に蓄積された厚い共通知識や文化の上に多様性豊かな経済社会システムを再構築すべく、より広い国際地域で、より多様性の大きい「頭脳集団」との密な知の交流と人材の循環的な移動を実現させる必要がある。適度な共通知識や共通文化の必要性と地理的近接性を考慮すると、国際的な知の創造システムの自然な圏域として、東アジアが浮かび上がる。

実際、例えば、知の交流で重要な役割を担う留学生を見てみると、06年の日本での外国人留学生12万人のうち、92%は東アジアからで、中国(60%)、韓国(15%)、以下台湾、ベトナム、マレーシアとタイの順で、東アジア以外で1%を超すのは米国(1.5%)のみである。特に中国からの留学生の最大の行き先は日本(7万1000人)と、米国へ(6万7000人)より多い。一方、同年の日本からの中国への留学生(約2万人)は、日本から米国へ(3万5000人)の半数を既に超え、欧州よりもはるかに多い。

結局、現在の東アジアの生産ネットワークに立脚しながら、研究開発・教育だけでなく経済・産業・ビジネス・文化を含む幅広い分野で、東アジア大の知の創造・交流システムの構築を推進していくことが期待される。いうまでもなく、そのシステムは世界に広く開かれているべきである。

再び留学生を例にとると、日本の持つ経済力と一層の少子化の進展を考えれば、近い将来日本への留学生総数を、現在の米国への外国人留学生総数(58万人)の約半分、30万人に増大させることは自然な目標だろう。その場合、知の多様性を意識すれば、約3分の1の10万人近くの留学生は東アジア以外からが望ましい。そのため、国や各地域での産官学民の連携、さらには国際連携による留学生支援や卒業後の就職と社会保障を含む総合的施策を積極・大胆に推進すべきである。

要は、競争と連携を通じて、アジアのおのおのの国・地域が世界中から多様な人材を引きつける独自の頭脳集団として発展することで、知のルネサンスを巻き起こしながら、世界の創造拠点として発展していくことが求められるのである。

2008年2月29日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年3月12日掲載