元気出せ 労働組合

DORE, Ronald
RIETI客員研究員

「日本の労働組合はものわかりがよすぎる」-。2、3年前、私にそう言ったのは階級闘争精神に燃えた運動家でもなく、いわゆる「左寄り」の学者でもなかった。なかなか優秀という評判の、日銀の中堅幹部の方だった。常識を覆す人の冗談半分の口調だったが、本気でもあった。

当時すでにデフレが5、6年間も続いたころだった。「そのデフレがいろいろな面で経済停滞の原因となっている。いくら量的緩和など日銀がデフレ対策を講じても、金融政策は効果なし」という認識の上での発言であった。威勢のいい労働組合指導者が春闘で激しくベースアップを要求してくれれば、経済全体で労働コストを高くして、その結果、物価もあがって、2-3%のインフレぐらいになって、経済活動に少し元気が出るはずだ-という発想であった。

米国、中国のおかげで輸出産業が大いに好調で、もう本物の景気回復だとみる楽観主義者も多くなった。そのムード自体は確かにプラスだが、デフレは依然として続いていて、いつ直るかもめどが立たない。特に家庭消費の伸び率をみて、景気回復が本当に持続的なものになってきたかどうか、疑問を投げかける専門家が多い。

賃金やボーナスが一向に上昇しないのが、その1つの大きな原因だ。昔の景気変動のパターンは何かといえば、景気がよくなって企業が収益を上げるようになれば、それを全部営業利益の拡大にまわさないで、賃金やボーナスをすぐ上げた。それで個人消費も相当増えて、需要面から景気向上の機運が加速される効果があった。

ところが、組合がおとなしくなった今はどうなっているか。財務省の法人統計を見ればいい。1つの分析方法は、付加価値分析である。売り上げから、材料とか、仕入れたものの支払いなどを差っぴいて残ったお金をどう配分するかという計算だ。従業員の給料などの人件費にいくら。国や地方自治体への租税はいくら。銀行や地主への利子や地代はいくら。株主の判断で動かせる利益はいくら-というふうに。財務省の統計によれば、平成13年度には付加価値のなかで利益にまわした部分が7.0%だったのが去年は10.3%に上がっていた。人件費に充てた割合は75.1%から71.6%に減った。

そこに景気回復機運の鈍さの1つの原因もあるのではないだろうか。「いまだ厳しい状態だから、今年も我慢していただかないと」という経営者の説得に屈する労働組合は、たとえ甘さ・弱さでなく、本当の合理的な「会社のため」という判断で経営者の言うことに応じていても、その個々の会社の合理性が決してマクロ経済の合理性にはつながらない。「総需要不足」とは、無数の「合理的」な判断の総合的な結果として生まれる不幸な現象である。

ところが、組合の弱体化は「利益」と「人件費」の釣り合いだけに表れた現象ではない。経営者の分け前と一般従業員の分け前という問題もある。「賃金事情」という面白い雑誌が長年、社長・会長たちの報酬の調査もやっている。

それによると、「日本的経営」の黄金時代、1984年から90年の6年の間、社長たちの平均報酬は年々、3.43%上がった。同じ6年間には従業員の平均賃金はほぼ同じ3.21%の上昇率だった。ところが、「業績一点張り」の思想が浸透してきた最近は、利益が上がれば社長の給与だけが上がる会社も多くなった。

野球選手だけしかスト権を思い出していない世の中では、景気がよくなるはずはない。

2004年9月19日 東京新聞「時代を読む」に掲載

2004年10月1日掲載

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