年金「抜本改革」のあり方

DORE, Ronald
RIETI客員研究員

久しぶりの日本滞在。毎日のように新聞の1面か2面で「年金制度改革」をめぐる厚生省対税調、公明党対自民党、経団連対厚生省などの争いが報道される。またも「世代間不公正是正」とか「年金会計の破綻」などの決まり文句が繰り返され、もっと切り詰めなければ今にも国が滅びるような意見が優勢である。わずか4年前に、老齢化に耐えうるべく、年金制度を焼き直す総合的な法律を通してから、なぜまたむきになって「抜本的改革」を言うのだろうか。
1人のイギリスの年金受給老人の感想をいくつか。

次の日、『苦闘する地方経済』という題の記事を新聞で読む。日立市の銀座モールの寂れた状態を寂しく語る。約75店あった店が次々と閉店して、今40店近くしかない。マクドナルドなどの大手チェーンも撤退した、などと。

(1)論議の進め方だが、いつも「平均労働者の平均掛け金」とか、「平均給付」などをめぐって展開される。ところが実在する老人たちは種々様々である。会社年金を相当もらったり、こんなコラムを書いて原稿料を稼いだりする老人もいれば、公的年金だけしか収入のない人も多い。現役の労働人口よりも老人の所得のばらつきが大きいことはどこの国でも普通だ。

(2)現役も、ばらつきが拡大する傾向にあるし、技術の進展、高度な技術を取得する学習力の希少性などの要因が働いて、労働市場の自然な成り行きとして将来さらに拡大するだろう。最近の日本で聞こえる「くたばれ年功賃金、あくまで能力主義・業績主義」という大合唱がその傾向に拍車をかける。

(3)同時に、確定給付型の年金から確定拠出型(給付不確定型の美名)への移行が奨励されている。今までの年金制度が持っていた、多少の所得再分配効果がさらに弱められる。

(4)すると、生活保護という「セーフティー・ネット」に頼らざるを得ない老人の数がどうしても増えていく。資産調査を受けて、いわば二流市民の資格に甘んじなければならない。1995年以来、日本で生活保護受給者が50%増えて、今120万人以上だが、もらう資格を持っていても、惨めな思いをしたくない、と申請しない人がその3倍いるという推計もある。

(5)イギリスの基礎年金は今男性平均賃金の16%に過ぎない額で、年金受給者の半分ぐらいが、資産調査を受けると給付がもらえるほど所得が低いと推計されている。年金切り詰めの始まりはサッチャー時代に国民年金の給付額を平均賃金連結から物価連結型ヘ移行したことである。つまり、日本で行ったと同じ「改革」である。

(6)日本でサッチャーの二の舞を踏む前に考慮に入れるべきことがひとつある。最近のイギリスで大きな社会問題とされてきたのは、犯罪自体の増加を別として、無礼な、暴力的な、人に迷惑をかける非常識な人々の振る舞いである。「一流市民」という自覚を失った人たちの仕業である。物騒な社会になった。

(7)日本も含めて、大抵の国で、基礎年金は「掛け金が給付の形で帰ってくる」という「積み立て方式」を偽装している。しかし実際はそうでなくて、給付はその年の掛け金から出るのである。実態がそうなら、「掛け金」でなく、「養老税」とでも名づけた方がよかろう。

(8)日本人は取り越し苦労だから、年金に関する国民の不安を払拭しないと、消費意欲も、従って総需要も、従って日本の景気も、よくならない。「抜本的改革」をするなら、来年から基礎年金国庫負担分をいきなり9割としたらどうだ。財源? 今はインフレ防止が問題でなく、却ってデフレをどう退治するかが問題だから、増える財政赤字を直ちに国債発行でカバーする必要がない。デフレが直って、景気がよくなってから、養老増税を始めればいい。

2003年12月21日 東京新聞「時代を読む」に掲載

2004年1月20日掲載

この著者の記事