2023年成立のグリーントランスフォーメーション(GX)推進法では、脱炭素のための研究開発を目的とした「GX経済移行債」が今後10年間で20兆円発行される。そして二酸化炭素(CO2)に価格付けをするカーボンプライシング(CP)は、脱炭素技術の普及のための役割を持つ。
CPの一つである排出量取引は、欧州連合(EU)の制度であるEU-ETSをはじめ、中国や韓国など各国で導入されてきた。日本でも日本版排出量取引制度(GX-ETS)が23年度からフェーズ1と呼ばれる試験段階に入り、26年度からは罰則を伴う義務的制度となる(フェーズ2)。
GX-ETSのフェーズ2はCO2排出量が年10万トン以上の企業が対象で、300〜400社程度と予想されている。自社の事業活動に伴う「スコープ1」のCO2が削減対象となる。電力・製造業に加え、運輸、不動産等の業種も開始時点で対象に含み、包括的な制度となっている。
排出枠は無償配分で、エネルギー集約型産業はベンチマーク(BM)、その他はグランドファザリング(GF)と呼ばれる方式により配分される。
GFでは、過去の排出量に基づき排出枠を配分し、年1.7%の排出削減が予定される。23年以前に削減投資した企業には排出枠の追加配分を行い、企業間の公平性にも配慮している。
一方BMでは、業種ごとの技術水準に基づいて排出枠の配分が行われる。例えば電力では発電量(1キロワット時)、鉄鋼では生産量(1トン)あたりの排出量が決定され、それに基準活動量(23〜25年度の発電量や生産量の平均)を乗じて初期配分される。
BMはEU-ETSでも採用され、脱炭素に先行投資した企業が不利になりにくく、公平性にも優れる。排出量ベースでは全体の約9割がBM、約1割がGFによる配分と見込まれる。5年後の見直しでGF業種へのBM適用をどう拡大するかが課題とされる。
◆◆◆
図にはBM方式による配分方法を示した。業種ごとに事業所のエネルギー効率の情報を収集し、左から効率の良い順に並べる。横軸は活動量、縦軸は活動量あたりの排出効率(BM指標)である。
初年度のBM水準は上位50%となる。効率の悪い事業者(図のD、E社)は省エネルギーや燃料転換による排出削減や排出枠購入が必要な一方、上位50%以上の企業は排出削減を必要としない。しかし5年後に上位32.5%の効率へ到達するよう、BM水準は毎年低減させる。排出削減が必要な企業は増加し、排出枠価格を意識した意思決定が求められるようになる。排出枠価格が上昇すれば、効率を求めて業界再編につながる可能性もあるだろう。
電力産業は「燃種別BM」と「全火力BM」という二つの考え方に基づく排出枠の配分が行われる。燃種別BMでは石炭や天然ガスなど各燃料別の効率水準、全火力BMは火力発電全体の効率水準をベースに、排出枠が配分される。
開始時点では燃種別BMのみに基づいて排出枠が配分されるが、4年目以降はBMの一部が全火力BMとなる(29年度に全体の2割、30年度に4割)。全火力BMの比率が高まれば、炭素含有量の多い石炭比率の高い事業者ほど大きな削減義務を負うことになる。
また、発電事業者には33年度から有償オークションが導入され、政府から排出枠を購入してもらうようになる。その収入は、化石燃料の輸入事業者に課される化石燃料賦課金(28年度開始)とともに、GX経済移行債の償還原資となる。
GX-ETSの対象企業は排出削減が困難な場合、排出枠の購入に加え、国の認証を受けた排出削減枠である「J―クレジット」と二国間クレジット制度(JCM)を排出量の10%まで使用できる。これらのクレジットの流動性確保策として、23年10月には東京証券取引所でカーボンクレジット市場が本格稼働した。
対象企業が制度の義務を達成できなかった場合、排出枠の上限価格の1.1倍の未償却相当負担金が課される。対象企業は排出削減とともに、価格に応じて2つのカーボンクレジットを活用する選択肢も視野に入れる必要があるだろう。
◆◆◆
CPの導入に際しては、炭素リーケージ(漏洩)への懸念が示されている。これは一部の国がCPを導入すると、規制が緩い国・地域へ産業が移転し、移転先のCO2排出が増えてしまうという指摘である。
この問題に対処するため、GX-ETSでは貿易比率が高い業種で、収益に対する排出枠調達コストの比率が一定水準を超えた場合に、排出枠の不足分の一定割合を追加で割り当てる。生産量が増えた場合に排出枠の不足分を一部補うイメージである。
さらに、生産などの活動量が2年連続で7.5%以上変動した場合の排出枠配分調整も導入している。排出削減努力をしなくても排出枠に余剰が生じたり、経済成長を阻害したりするのを回避するためである。
2つの配慮策は、筆者が炭素リーケージ対策として提唱してきた「産出量に基づく排出枠の配分(OBA)方式」に類似し、日本経済の産業構造に適した制度である。加えて、積極的にGX関連の研究開発に取り組む企業に対する排出枠の追加配分も設けている。
なおGX-ETSは価格の極端な変動を避けるため上下限価格を採用し、26年度はCO21トンあたり下限1700円、上限4300円としている。
この上限価格は中国・韓国の取引価格より高いが、EU-ETSにおける取引価格(1万円相当)より低い。水素・アンモニアの活用、CO2の回収・利用・貯留(CCUS)等の革新的技術にかかる費用と比べると十分な水準ではない。
また下限価格を担保するため価格低迷時に政府が市場から排出枠を買い入れる「リバースオークション」が想定されている。その具体的な方法も課題である。
排出枠を売買する取引市場は27年秋に開設予定で、金融機関の参加も認められる方向だ。企業は排出枠が余った場合、すぐ売却せず翌年度以降に持ち越す「バンキング」もできる。韓国では排出枠の流動性確保が課題となっており、日本でも金融機関の参加促進やバンキング規制により、流動性をいかに確保していくかが重要となる。
加えて、パリ協定における排出削減目標(NDC)との整合性も課題である。フェーズ2の設計は技術水準から導かれた要素が強く、NDCとの整合性が十分に議論されていない。パリ協定に基づく脱炭素実現の観点からはNDCとの整合性検証が必要である。
義務化されたGX-ETSのもとでは企業は市場の炭素価格を踏まえ、省エネ投資、エネルギー転換とカーボンクレジット利用の最適戦略を選ぶことになる。一方で費用を適正に商品・サービス価格へ上乗せする必要もあるだろう。取引先企業や消費者も負担を受け入れていく必要がある。
2026年3月31日 日本経済新聞「経済教室」に掲載