地球温暖化対策もEBPMで

有村 俊秀
ファカルティフェロー

過去に例のない大胆な地球温暖化対策・グリーンイノベーションによる産業構造改革を進めるためには、新しい政策のトライ&エラーとその改善の検証、いわゆるEBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)の視点が不可欠である。さまざまな環境対策は、本当に効果があるのか。環境経済学の分野で先進的なEBPM研究を進めてきた有村俊秀早稲田大学政治経済学術院教授に、これまでの研究成果と政策実施におけるポイントについて伺った。
(聞き手:RIETIハイライト編集部)

――有村先生は、環境経済学で数々の賞を受賞されている第一人者ですが、研究内容について教えてください。

米国で書いた博士論文が二酸化硫黄(SO2)の酸性雨対策の排出量取引で、マーケットを使って環境問題を解決する研究をずっとしてきました。2000年に日本に帰ってきたのですが、日本ではマーケットを使った環境対策のメカニズムがなかったので、当時流行っていたISO14001、企業が自主的に環境対策に取り組む認証制度ですが、それが本当に効果があるかを検証する研究もして、学術的にはそのテーマの論文が評価の高いジャーナルに引用されています。

また、2006年から2008年にサバティカル(研究休暇)で米国ワシントンD.C.のリソース・フォー・ザ・フューチャー(RFF)という研究所に行き、気候変動対策としてのカーボンプライシング(CP)や排出量取引、国境炭素調整措置なども研究しました。ちょうどその頃、国の方でも財務省関税局がこうした措置の検討を経済産業省、外務省、環境省と関連専門家とで始めました。国境措置で関税が入ると思ったのですね。

そこで、CPを導入すると、どの業種の負担がどれくらい増えるのかを産業連関分析し、応用一般均衡分析で国境炭素調整の効果を研究しました。結果は、日本は鉄鋼を輸出して海外で競争しているので、輸入品だけ関税をかけて守っても効果がない。輸出還付すれば少し産業保護に役に立つのですが、輸出還付はWTO的にかなり問題がある。今回のEUの提案でも入ってないですよね。経済学的に見て、実は一番いいのはアウトプットベーストアロケーションでした。生産量が増えたら排出枠を多めに配分してあげるというようなアイデアなのですが、実はこれが一番エネルギー集約型産業にも有効でした。その当時の日本の産業界はそもそもCPに反対で、特に国境炭素調整措置は貿易封鎖になりそうだからやめてくれという率直な反応でした。

今は、EUが国境炭素調整措置をもう始めるところなので、それが日本にどんな影響を与えるかをRIETIのプロジェクトで2021年から検証しています。

――具体的にどのようなことが分かってきたのでしょうか。

日本の産業競争力を守りつつCPを導入するには、国境炭素調整よりも、排出枠の配分方法を配慮したアウトプットベーストアロケーション、アップデート方式の方がいい。これを日本で10年ぐらい前に提案したのですが、担当者は「制度が難しすぎて国会を通らない」と言っていました。ちなみに、オーストラリアでは一度導入されたのですが、政権交代で制度が廃止されています。

ですが、日本ではすでに東京都と埼玉県で排出量取引制度が導入されています。東京都だけでなく、埼玉県もやっている。埼玉県のことをみんな知らないんですよね。埼玉県は、ちょうど東日本大震災があった時に始めたので、ほとんど報道されなかったのです。

東京都の排出量取引で面白いのは、東京には工場があまりないので、オフィスビルを対象にした世界で最初の制度なのです。埼玉県の制度で面白いのは、埼玉は製造業が強いので工場も対象なのですが、罰則のない制度なのです。だから、あくまでも自主参加型のような感じになっていて、埼玉県の経済界と埼玉県庁が合意してやりましょうと。

――先生は東京都の排出量取引の委員もされていますよね。

興味があったのは、今RIETIでもプッシュしているEvidence-Based Policy Making(EBPM:証拠に基づく政策立案)です。政策効果があったのかなかったのか。例えば、東京都は排出量が減ったというけれども、その要因は何かをデータを使って分析したのです。東京は、東日本大震災があって節電要請も出たし、東京電力管内だから電気代がその最初の数年間ですごい勢いで上がったのです。電気代の上昇によって節電が進んだのか、それとも排出量取引の効果なのか。その辺りを明らかにしようとしました。

結果は、最初の4年間(2011〜2014年)だけ見たのですが、オフィスビルは半分以上が排出量取引の効果で、半分弱が電気代の上昇による影響と、一定の効果がありました。埼玉県は獨協大学の浜本光紹先生が分析され、排出量取引制度で排出量の削減が進んでいることが明らかになりました。これらの研究成果で、環境経済・政策学会で論壇賞をいただきました(“Carbon Pricing in Japan” Springer 2020, Editors: Toshi H. Arimura and Shigeru Matsumoto)。これはオープンアクセスで読め、今28,000ダウンロードまでいっています。

(左)“Carbon Pricing in Japan” Springer 2020, Editors: Toshi H. Arimura and Shigeru Matsumoto
(右)『環境規制の政策評価:環境経済学の定量的アプローチ』(共著:有村俊秀、岩田和之・SUP上智大学出版/発行、(株)ぎょうせい/発売)

――世界中から注目されているのですね。

この本でも提案をしていますが、炭素税の税収をうまく使えば、排出量削減をしつつ経済成長が可能なのではないかと思います。今後炭素税が導入されると、おそらく石油石炭税になって研究開発などに使われると思うのですが、それを法人税減税や消費税減税に使ってみるのも大事なのではないか。これを「炭素税の二重の配当」と言っていて、RIETIの研究会やセミナーでも紹介させていただきましたが、そうすると環境対策と経済成長の両方ともがうまくいく可能性があるというのが経済分析の結論です。今後日本は税金を増やさないと回らないと思いますが、炭素税もうまく使うべきでしょう。

――ありがとうございます。先生のお話で、あるべき制度の姿が見えてきたような気がします。

日本の環境経済学は、これまであまり数字を使わない環境経済学で、制度はこうあるべきみたいな話が多かった。そうではなくて、費用と便益を、定量的な結果を出そうと、そうした研究を集めたのが『環境規制の政策評価』(上智大学出版、2011)という本です。

――日本の環境経済学は倫理経済学という感じでしたよね。

環境対策についてもEBPMで、ぜひ学術的な知見を政策に反映していただければと思います。コロナでは、科学的知見が政策に反映されていないと思うところがあったので。

あとは、政策を、全般的、包括的な視野で見ていく必要があると思っています。環境対策だけではなくて、経済や財政も含め包括的に見ていく。

もう1つ、RIETIで今進めているグローバル・インテリジェンス・プロジェクト(GIP:国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)の関連でいうと、東南アジアの国で排出量取引の導入の検討が始まっているのです。EUの制度は、EUが輸入する製品はEUで国境炭素税を払うか、あるいは自分の国にカーボンプライシングの制度をつくってください、自分の国で税金を払っていればEUでは払わなくていいという制度なので。日本の企業は、サプライチェーンがグローバル化しているので、海外のそういった取り組みに目を向けていかなければいけないし、サプライチェーン全体での取り組みが今後必要になってくるでしょう。

今環境省のプロジェクトで研究しているのは、東京都と埼玉県の制度がどんな影響を与えているかについてです。この東京・埼玉モデルは、アジアのロールモデルになるのではないかと思っているのですが、国際的な議論では中国・韓国に負けています。中国は排出量取引を始めていて、韓国も国として排出量取引の制度を入れているので、ASEAN諸国への影響力、国家間競争で負けています。東京と埼玉は、きちんと制度を運用しているので、もう少し国際的に注目されていいと思うのですが、韓国はEUの人をアドバイザーにして、EU-ETSのコピーみたいな制度を作っています。中国は、試行的に7〜8地域でやっていて、うまくいっているところとそうでないところがあるようです。

もう1つ注目すべきは、国境炭素調整の詳細デザインがEUで7月に発表された日に、中国政府は、排出量取引を国家電力網で全国展開しますとアナウンスしたのです。やはりものすごくEUの動きを見ているわけです。排出量取引を中国がやるというのは、2015年にオバマ大統領と習近平国家主席が会ったときに宣言していて、やはり6年ぐらいかかっています。それなりに大変なんだなと。

日本では、経産省の省エネ法のエネルギー管理の話など、計画、自治体でいうと計画書制度というのがあって、先ほどの本で紹介しているのですが、省エネ法に一定の効果はあったという研究成果を出しているのです。いろいろな国の人と話していると、こういうソフトな制度で、罰則がないのに業界が一生懸命やるのは驚かれますよね(笑)。

――日本にはまだまだ検証して海外に展開できる制度があることが分かりました。本日はありがとうございました。

2021年10月29日掲載

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