山口一男の日本社会論

【オンライン社会学講座】イソップ物語で浮かび上がる現代日本とアメリカ

山口 一男
客員研究員

「ライオンと鼠:日米規範文化比較論 -後編-」(4/5)

  狼の言い分を聞き終わって、狐はまず言いました。

──裁判長! 私がねずみの注意欠乏多動症のことで何を言おうとしているか狼が議論したのは、全くの憶測に基づくものです。

  裁判官の猿は、解かっているというようにうなずいて、陪審員に向かって言いました。

──全くその通りです。陪審員のみなさん。憶測で言われたことは事実に基づいて言われたこととは違います。裁判は事実に基づかねばなりませんから、狼の言ったことについては、事実に基づかないこととして考慮からはずして下さい。

  陪審員のリス、馬、牛、ピューマ、羊、熊達は、裁判官の猿の発言内容の正確な意味を理解したかどうか自信がありませんでしたが、みな神妙にうなずきました。

  狐は続けました。

──陪審員のみなさん。注意欠乏多動症についてご説明申し上げる前に、まず2点について確認したいと思います。まず第1に、注意欠乏多動症という病気は本当にあり、そしてねずみはそれに実際にかかっているという点です。

  こう言うと狐は精神科医のアライグマが書いた診断書を裁判官に提出しました。診断書には、「ねずみが注意欠乏多動症であることを確証する」と書かれ、何やら数字らしい物もゴチャゴチャ記入されているようでした。診断書には昨日の日付でアライグマのサインがありました。

──おやおや?

  と、そばで見ていたねずみは思いました。

──きのう、狐がアライグマに会ってくれといってきたので、会って色々質問されたが、こんなことに関係があったのか。それにしても、注意欠乏多動症なんて、あの時アライグマはいわなかったけれどな。

──第2の点は、

  と、狐は続けます。

──誰でも、完全に病気のせいでしでかしたことには責任はなく、したがって罪もない、ということです。彼に必要なのは治療だけです。私は、これからねずみがしでかしたことは、完全にこの注意欠乏多動症のせいであった、ということを証明したいと思います。それではまず、注意欠乏多動症とは、どういう病気でしょうか?

  狐の言うには、注意欠乏多動症というのは、単に不注意やうっかりで行動することが多くなるというような単純な物でなく、もっと大変なことだ、と言うのです。

  専門家にこの点を証言してもらう、と言って狐はそこで証人のアライグマを呼びました。アライグマは注意欠乏多動症というのは、少なくとも一時的に自分のしていることについての善し悪しの判断や、その結果何が起こるかについての判断力はもちろんのこと、今、実際何をしているかについての明確な意識や注意力もなく、動作を起こしてしまう病気だ、と証言しました。

  そしてさらに、その病気は、とくに小さい子供の時に非常につらい経験をし、またその時期に同時に自分の行動を注意して暖かく見守る者を失い、放っておかれるようになると発病しやすい、と述べました。

──本証人によると、

  と、狐はあとを引き取ります。

──ねずみは1才にもならない時期に、目の前で母親が山猫におそわれ、引き裂かれ、くわえ去られる、といった恐ろしい、またとても悲しい体験をし、おそらくその時の体験とその精神的トラウマが病気の発生原因となっているというのです。そうでしたね?

  アライグマが「その通りです」と、述べると、傍聴席からは、ねずみに対する多くの同情の声が起こりました。また猫族に対する批判のつぶやきもきこえ、原告のライオンや陪審員のピューマたちも、しばし気まずい思いをしました。

  一方、当のねずみは、確かに僕は、1才になる前に母親が死んだことはアライグマに話したけれど、山猫に襲われたなんていっていないのに、これはいったいどうなっているんだろう、と不思議に思っていました。

  傍聴席のざわめきが収まって後、狐はねずみが育つに連れて、病気の兆候を見せ始めたエピソードについて話しました。手伝おうとして物を運んでいる最中に、急がなくてもいいのに駆け出してつまづいて落として壊し、その度に父親や継母からひどく叱られたことや、義理の弟達を遊んでやっているうち相手の年令や体力に注意せずに振り回して転がして小さな怪我を度々させ、その度に弟達の怪我よりももっとひどくあとに傷が残る折檻を父親から受けたことなどです。

  そして、これらのことがねずみの病気をさらに悪化させた、と狐は言いました。

──なぜなら、ねずみの病気を直すには、その善意を理解し、愛情をもって見守りながらねずみの不注意な行動を直そうと心掛ける親や、それに代わる者の存在が必要であって、実際のねずみの父親や継母のように結果だけを見て不注意な行動を罰する、特にひどく罰するというのは、注意欠乏多動症の治療にとって全く逆効果なのです。もちろん、これはアライグマの診断です。

  といって、狐は再度アライグマの証言を求めました。

  傍聴席では、多くの動物達がさらに一層ねずみに同情する呟きをもらしました。ねずみについてのエピソードは、それを直接知る目撃者の証言が事実の確認には必要だったのですが、狐があたかも見ていたかの様に雄弁にエピソードを話したので、狼はその点に異議をとなえるのをつい忘れてしまいました。

──さて、問題の日についてですが、

  と、狐は言いました。

──これには、直接ねずみの証言が必要なので、彼を呼びたいと思います。

  傍聴席はしーんと静まりました。

  狐はねずみが人前ではうまく話せないので自分が代弁し、ねずみに確認の証言をさせるという手続きについて、裁判官の猿からあらかじめ許可をとっていました。それで、狐は呼び出したねずみにすばやくささやきました。

──さあ、私にすべてを任せなさい。あなたは、ただ私の述べることを「そうですね?」と聞く度に、はっきりとそうだと証言してくれればよいのです。予期しない証言でも迷ってはいけません、いいですね。

  ねずみは、もうすでに狐が事実を離れてストーリーを作り始め、自分はその1つの駒になっていることが解かり、このストーリーの行き着くところを知っているのは狐だけなのだから、今自分ができる一番良いことは狐に好きなようにさせることだ、と思い、ただ「わかった」と、答えました。

  このあとの証言は、狐が述べ、ねずみが「その通りです」と、証言することの繰り返しなのですが、その記述を省くと、次のように進みました。

  狐はまずねずみがその朝また善意でしたのに、小さな失敗をして継母にひどく叱られたこと、またその後急ぎの用事を言いつかって出かけたこと、を話しました。

──ねずみが、他のねずみ達に草原で出会ったのは、その途中だったのです。その時、他のねずみ達は「誰が一番勇気があるか」などと、たあいもない話をしていました。ねずみは気がふさいでいたので、それを吹き飛ばして自分を元気づけようと「そりゃあ、なんたって僕さ」と、半ば冗談で言ったのです。また、それを理由づけるために、思いつきで別に深い考えもなく「たとえば、私はライオンの背中の上を駆け抜けることだってできるぞ」と、自慢したのです。

  狐がこう述べ、またねずみが

──その通りです。

  と、証言すると、陪審員にも傍聴席にも一瞬はりつめた空気が流れました。

  一方狼は、この時自分の最後の切り札であるコヨーテの証言、つまり被告のねずみがまさにそう話していたのを聞いた、という証言が役立たなくなったのを知りました。このままではまずい、そう感じて狼は発言しました。

──裁判長、只今の証言、ねずみが「ライオンの背中の上を駆け抜けることだってできるぞ」といったのが、その場の思いつきだった、という証言には証拠がありません。

──狼検事、ではそうでないという証拠はありますか? ねずみは宣誓しています。あなたは、ねずみが偽証をしている、そう主張しているのですか?

  と、狐は反論しました。狼はここは引き下がらざるを得ず、裁判官の猿は狐にねずみの証言の先を続けるように言いました。

──さて、ねずみは、急ぎの用事がありますからその後すぐ仲間と別れましたが、もうその時には自分を元気づけるために仲間のねずみに何を言ったかなど覚えていなかったのです。その時、ねずみは、偶然草原で寝そべっているライオンに出会ったのです。ねずみは一瞬本能的に恐れて逃げようとしましたが、どうやらライオンはよく眠っているようだ、と気がつきました。それで、ねずみは仲間のうちでは本当に勇気もあったし、ライオンを近くで見るのは始めてなのでつい興味と賛嘆の気持ちで、しばらく眺めていたのです。そして、その間自分が何をしなければいけない最中かは、すっかり忘れていたのですが、突然急ぎの用事があったことを思い出したのでした。

  そこまで述べ、ねずみがその確認の証言をすますと、狐は大きく一息つき、さらに大きな声で一気に述べました。

──さて、陪審員のみなさん、その次にねずみがしたことをお解かりいただくには、私はもう一度注意欠乏多動症がどんな病気で、ねずみはその病気にかかっており、またその朝継母にひどくしかられて病気が特に出やすい状態にあったことをみなさんに思い出していただかねばなりません。ねずみは用事を思い出すと、「ああしまった、遅れるとまたしかられる。大変だ!」と、思いました。そして普通の者なら全く考えられないことですが、もう目の前にいるのが寝ころんでいるライオンであることをすっかり忘れ、用事のことだけ考え、うす茶色の土盛りを越えるようにライオンの背中に一気に走り登ってしまったのです。

  傍聴席からは「まさかそんなことが」とか、「いや、本当にそうかも知れない」

  と、いう呟きがおこりました。

  ねずみがこれを

──その通りです。

  と、証言すると、ざわめきは一層高まりました。

  狐はざわめきの静まるのを待って、こうつけくわえました。

──それから後、気の毒なねずみに起こったことは、みなさんもよくご承知の通りです。

  この後、狼に反対訊問をする機会が与えられましたが、予期せず切り札を使えなくなったことでとまどってしまい、まともな訊問ができませんでした。

  そのあと、最終論告では、狼は反逆罪と安眠妨害罪は強調せず、ライオンに対する悪質な侮辱罪による有罪を訴え、特に本人も認めたようにねずみが「ライオンの背中を走り抜けることができるぞ」と、自慢したという点を強調しましたが、あまり自信はなさそうでした。

  狐の最終論告は、次のようでした。

──陪審員のみなさん、私はねずみの無罪を主張します。理由についてはもう十分に述べたので繰り返しません。だた、最後に1つ申し上げたいのは、みなさんの中には(この時狐はピューマ達を見つめました)例えねずみの行為が注意欠乏多動症のせいだとしても、「ライオンに迷惑をかけたなんらかの罪のつぐないは、やはりすべきだ」と、考えられる方がまだおられるかもしれません。しかし、私はこれに対して、かわいそうなねずみはもう十分償いをした、と申し上げたい。私が、ねずみがまさにライオンに一呑みにされようとしているのを止めに入った時、ねずみは真っ青でもう死んだような顔をしていました。きっと死ぬほど恐ろしかったのでしょう。それだけで、ライオンの気持ち良い休みを妨げた罰としては、もう十分過ぎるほどではないでしょうか。「いや、そうではない、ねずみの苦しみなどライオンの迷惑と比較はできない」と、いう者がいるなら、私はここではっきりもうしあげます。

  狐はここでいったん傍聴席を一回り見回し、また陪審員に向き直りました。

──そういう考えは、小さい者、弱い者に対する明らかな差別です。私達はそれを決して認めてはなりません。私の論告はこれで終わります。

  その後、陪審員のリス、馬、牛、ピューマ、羊、熊達は別室で時間を与えられ、自分達で議論をしました。2匹のピューマがしぶったせいもあって、結論を出すのに時間がかかりましたが、最終的に陪審員12名が全員一致でねずみの無罪を告げた時は、傍聴席ではやんやのかっさいが起こりました。

  裁判の後、二人きりになった時、ねずみはあらためて狐に心からの礼を述べた後こう言いました。

──でも、あなたのいったことは事実じゃないんです。

──まあね、私の仕事はあなたを無罪にすることですからね。私としては最良の方法をとったまでですよ。事実はそれほど重要じゃありません。だた私にとって重要だったのはね、自分の言い分が狼の言い分に勝つだけでなく、陪審員達も「自分達は正しい判断をしたんだ」と思えるような、またその結論を聞いた多くの人々も「そうだ、それが公正だ」と感じるような勝ち方をするということだったんですよ。今回は「公正な裁判だった」とみな口々に言っていましたからね。だから、私としては大満足なんです。

──でも、

  と、ねずみはすまなそうに、なおも聞きました。

──命を助けてもらって、こんなことを聞くのはとても失礼なのですが、事実に基づかない結論が公正だって、一体どういうことでしょう?

  狐は少しいらいらしたように早口に返答しました。

──事実、事実、と事実だけが大事なようにあなたは言いますがね。事実だけが一人歩きしてみなが納得する公正な裁判が行われるわけじゃあないんですよ。たとえばあなたは何故くだらない自慢をしてライオンの背を駆け抜けるなんて馬鹿なことをしたんでしょう? そのために命を失う羽目になったかもしれないのに。自分でも説明できない所があるはずですよ。私はね、そういった、いわば本人でもよく説明できないような行為を、みなが納得できるように説明することができるかどうか、そしてその説明が陪審員の共感を生み、そういった共感があることが、あなただけじゃなく、私達みなにとって、この動物社会にとって、特に小さい動物や弱い動物達にとって、良いことであるような、そういった説明があるかどうか考えた結果、あの様な説明を考え出したのです。

具体的な場合のあなたが、ある部分の事実について、それと食い違っていたとしても、そんなことは、それほど重要ではないんですよ。

  ねずみが「事実に基づく公正な裁判」という常識に真っ向から反論されて、驚いて何もいえないでいると、狐はまたもとのにこやかな態度に戻ってこういいました。

──もちろん、もう1つ大事なのが、裁判は私にとって真理の追及の場じゃなく仕事の場だってことですよ。仕事はもうけがなければしょうがないですからね。あなた、成功報酬のこと、よもや忘れていないでしょうね。ではそろそろこの大事な点を具体的に話しあうことにしますか。

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2005年6月2日掲載