山口一男の日本社会論

【オンライン社会学講座】イソップ物語で浮かび上がる現代日本とアメリカ

山口 一男
客員研究員

「ライオンと鼠:日米規範文化比較論 -前編-」(2/5)

  この2つの寓話を素材として、学生達がそれを私やお互いとの対話を通じて、日米の文化的違いを浮き彫りにするように料理する。それがうまくできれば授業は成功であった。

──さーて、この2つの『ライオンと鼠』の話について、それぞれが今、それぞれの文化の中でのモラルを表現していると仮定する。なぜならイソップ童話はモラルについての寓話だからね。だからそう仮定した時、アメリカと日本の2つの文化やモラルについて対比をなしている、あるいは意味が異なっている、そういう点は何かな?

  私は、まずこう学生に問いかけた。もちろん私自身いくつかの答えを用意していたが、それを最初から教師がいってしまっては教育にはならない。また、学生との対話形式の授業は私が考えてもいなかった点を学生が指摘し、私自身も含めてクラスがそれから学ぶことも多い。

──どういう点でもいいんだ、何か思いついたことはないかな? 「アメリカのねずみはとてもアメリカ的で、日本のねずみはとても日本的だ」、っていった学生が前にいたけれど、なぜかっていう説明が入ってさえいりゃー、立派な解答だったんだけどねえ。

  学生が思わず笑ってリラックスしてくる。クラスを見渡すとマーク・デイヴィスが微笑している。経済学科の学生で長身。社会学にも関心があるらしく私の別のコースを以前にとり、期末小論文では際だった論理が私に印象づけた。

  デイヴィッド・ライトマンがしきりに2つの寓話を読み比べている。小柄な極東言語文化研究学科の学生で、親の仕事の関係で日本に数年住んだことがある。日本人であるジローを別にすればこのクラスでは日本語が一番できる。

  高橋次郎ことジロー、は日本からの留学生で略称をMAPSと呼ばれる学科を指定しない社会科学部修士課程プログラムの学生である。私のコースは本来学部学生向きなのだが、本人の希望もあって大学院生である彼が取ることを特別に許可している。なんとか良い成績を残して、社会学科の博士課程に転籍したいという希望だ。

  エミリー・スチュアートがノートパソコンに何か書き込んでいる。自分の考えをメモしているのだろう。文化人類学科兼極東言語文化研究学科、いわゆるダブルメイジャーの学生でいつも自分の考えを要約していうのが上手だ。

  ウェンディー・スミスは今にも何か言い出しそうにしている。社会学科の学生で議論好き。活発に発言してクラスの議論に貢献する。今日も彼女が口火を切るかも知れない。

  ジェフ・トミオカは他の学生達を見まわしている。社会学科の学生で日系四世。略称をASAという大学内のアジア系学生会の幹部であり、独特のユーモアの持ち主で政治活動も活発と聞いている。

  ケヴィン・チェンはまっすぐこちらを見ている。中国系アメリカ人。政治学科の学生で法科大学院にすすむ予定だ。

  メアリー・リチャーズが空をにらむようにして考えている。同じく政治学科の学生。日本の政治制度に興味があるらしいのだが、しばらく前から彼女の日本文化に対する否定的発言が目立つようになった。

  文化の理解というのは複雑なものである。多くの日本人は西洋人の日本への「無理解」は無知から来るとナイーブに思いやすい。だから、西洋人が自分達を、そして日本文化を、知れば知るほど日本的発想やその立場に添って考えてもらえると考えやすい。つまり「理解」は「ご理解いただけること」と同じで、こちらの理屈を仮にそのまま認めないまでも頭から否定はしなくなる、と思いやすい。もちろんそういった場合は多い。しかし、その反対だって時にはあるのだ。つまり、知れば知るほど日本的発想や理屈に反撥しそれを否定するようになることも。メアリーはいわばそのようなケースであった。

  やはりウェンディーが討論の口火を切った。


──ロゼットと我妻も言っていることですけど、日本のねずみが日本的なのは、自分の行いをまず謝って相手との失われた感情的な調和っていうんでしょうか、それをまず回復しようとしてる。それに対してアメリカのねずみはもちろんアメリカ的で全く謝らない。

  まずは妥当な点だ。少し掘り下げていけば、面白い議論展開になるだろう。で、

──日本のねずみはまず謝った。ではアメリカのねずみはまず何をしたのかな?

  私はクラスを見渡す。

──当然まず計算した。相手に何をどういったら自分の命が助かるかって。

  と、マーク。

  みなにやにやする。「考えた」といわずに「計算した」といったのが言い得て妙である。

──そのとおり。で、その計算した結果謝らない、なぜなら謝ったら....

──損害賠償責任がある。代金として、ねずみはライオンの腹の中。

  と、すかさずジェフ。

  今度は大笑い。良いムードになってきた。

──でも、それだけじゃない、それだけが謝らない理由じゃない。

  と、デイヴィッドが言いだした。

──ここでは、つまりアメリカの話の設定だと、ねずみは道義的に謝れない。

  お、なかなか面白い点をつきそうだ。私は期待する。

──どうして?

  と、珍しくジローが発言する。彼は普段はまだ英語のハンディキャップがあってあまり議論には参加しない。

──道義的に謝れないって、どうして?

──じゃあなぜ謝る?

  と、デイヴィッドは逆にジローを向いて聞き返す。

──そりゃ、ライオンの眠りを妨げた、てことになってるから。

──でもこの話じゃね、もしライオンの眠りを妨げるのが悪いと思っているならねずみは最初からこんなことしない。仲間に勇気を見せるためにやったので、悪いなんて思ってない。だから、それが失敗したからといって「悪かった」と謝ったら、態度が一貫していない。

  と、二人の応酬。ここで私も参加する。

──そう、ここではねずみがライオンの背にのる行為の仮定が違っているんだよね。アメリカの話の場合は故意で、日本の話の場合は...

 「過失」と、幾人かの声。

──デイヴィッドの言ったように、故意にした行為を結果的に失敗したから謝ったと言うのでは道徳的な話にならないよね。これは日本でも同じだから、ねずみの行為を過失と仮定する必要があったのだろうと思う。じゃー、アメリカの場合を過失だと変えたら...

──The mouse would be looking bad.

  と、ジェフが笑わせる。

 (なるほど、それじゃあねずみはカッコ悪いか)

──よし、じゃあーカッコいい(looking good)アメリカのねずみは、故意にやったが失敗して、マークの言うように計算した。で、何をどう計算したのかな?

──それは、もちろんどう取引きしたらうまくいくか。ライオンに食物として殺して使う自分をいかに安く見せ、自分を生かしておく利益をいかに高く見せるか、それを計算した。

  と、マーク。経済学科の学生の面目躍如だ。

──そのとおり。だから、アメリカの話ではライオンが鹿を食べたばかりで腹がすいてないことになっている。ねずみだけじゃ無くライオンも計算するしその計算に関係するからね。日本の話ではこれは関係ないから言っていない。でも、アメリカの話ではライオンが腹がすいてないと仮定しないと...

──100万ドルの宝くじより、現金の10ドル。その結果ねずみはライオンの腹の中。

  ジェフがまた笑わせた。

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2005年4月28日掲載