賃金構造の潜在的多様性と男女賃金格差-労働市場の二重構造分析再訪

執筆者 山口 一男 (客員研究員)
発行日/NO. 2017年9月  17-J-057
ダウンロード/関連リンク

概要

労働市場の「二重構造」、より一般的には労働市場における賃金構造の多様性と格差の関連、の問題は歴史的事情により労働経済学的研究ではいわば「鬼っ子」扱いをされてきた。本稿では、その事情が分析操作の非科学性に一因があったことを指摘すると共に、それを是正し、日本における労働市場における賃金構造の多様性と男女賃金格差の関連について、石川・出島(1994)の先駆的研究をさらに推し進め、その結果を提示する。分析結果は日本の労働市場は3種の異なる賃金体系を持つ潜在的労働市場の混合物であり、その多様性に最も強く影響を与えるのは正規雇用・非正規雇用の別で、企業規模、産業、学歴の区分も多様性に大きく関わっていることを示す。大卒や従業員300人以上の企業を中心とする約35%の雇用を特徴づける労働市場は、正規雇用中心の労働市場で人的資本の賃金への見返りが大きく、直接的な男女賃金格差を生む傾向は比較的少ないが、同時に正規雇用者の勤続年数の男女差が比較的大きく、女性は勤続年数が短い分不利になる労働市場である。他方中企業(従業員30-299人)雇用者、短大・高校卒を中心とする約60%の雇用を特徴づける労働市場は、平均賃金が比較的低く、また最も大きな男女格差が生じている市場で、とりわけ男女賃金格差が、勤続年数と共に大きな差を生む労働市場である。また1番目と2番目の労働市場では、就職時に子ども有りの雇用者の男女格差がとりわけ大きいという共通点もある。一方非正規雇用者が中心で小企業雇用者や中卒も比較的多いなどの特徴を持つ約5.5%の雇用を説明する労働市場は、平均賃金が最も低く、経営者と労働者の賃金格差の著しい労働市場で、経営者など一部の長期雇用者を除き、賃金が一律に低い「悪平等」な労働市場である。この市場では直接的な男女賃金格差を生まないが、女性、特に就職時に子ども有りの女性に、非正規雇用割合が大きいので、これにより間接的に男女格差を生じさせている。

また分析結果は女性の縁辺労働市場に対する割当ての多さは中核労働市場からの非正規雇用者の排除による付帯現象(epiphenomenon)であることを示し、この点におけるドリンジャ・ピオールの理論(1971)を否定する。日本においては、男女賃金格差は各賃金構造内の男女格差と、女性の非正規雇用割合の大きさの間接的影響で生じている。またこれらの分析結果から、労働市場の潜在的多様性は、賃金格差問題を理解する上で、重要な理論的視点であるということを確認する。