執筆者 |
伊藤 隆敏 (ファカルティフェロー) /鯉渕賢 (千葉商科大学) /佐藤清隆 (横浜国立大学) /清水順子 (専修大学) |
---|---|
発行日/NO. | 2009年6月 09-J-013 |
ダウンロード/関連リンク |
概要
本論文は、自動車・大手電機・機械・電子部品の4業種に属する日本の代表的輸出企業23社に対する最新のヒアリング調査を通じて、貿易取引における日系企業のミクロレベルのインボイス通貨選択行動を詳細に検討するとともに、その決定要因を分析した実証研究である。ヒアリング調査回答結果に基づいて、公表データでは得ることができない企業レベルのインボイス通貨選択の実態を取引相手国(地域)別に詳細に明らかにした。また、既存の理論・実証研究の成果とヒアリング調査回答から得られた企業レベルのインボイス通貨選択方針の知見を融合して、日系企業のインボイス通貨選択に関する6つの決定要因を導いた。その決定要因とは、(1)グループ内/外取引と商社経由取引、(2)為替ヘッジコスト、(3)市場競争と製品競争力の程度、(4)米ドル建て取引を基本とする製品群、(5)アジア生産拠点から米国を最終仕向け地とする商流、そして(6)インボイス通貨を統一することについての明確な為替戦略の存在である。さらに、調査対象企業のインボイス通貨選択状況と同財務データを基に新しいデータセットを構築し、上記の決定要因が実際のインボイス通貨選択を説明しているかどうかについて、クロスセクションの回帰分析を行った。その結果、第1に、先進国向け輸出の大半はPTM(Pricing-to-Market)と整合的なインボイス通貨選択行動が広範に採用されているが、これは日本の代表的輸出企業が輸出の大半を同一グループの海外現地法人向けに行っているという現代の貿易取引に因るものであり、その背後にある輸出先の市場競争の高さが強く影響している。第2に、エレクトロニクス製品等の米ドル建て取引慣行の強い製品群の存在が、米ドルのインボイス通貨としての役割を大きくしている。第3に、日系企業がアジア生産拠点を通じて米国に輸出するという構造が、日系企業のアジア向け輸出における米ドルの役割に大きく寄与していることが示された。以上の結果は、経済規模と比較して貿易取引に占める自国通貨建てシェアが低く、米ドル建てシェアが極めて大きいという日本のインボイス通貨選択の特異性が現在でも全く変わらない理由の1つが、大手電機・電子部品メーカーを中心とする日系企業の東アジアにおける生産ネットワークの構築と深くかかわっていることを示唆するものである。現在の日系企業が内包するこうした東アジアの為替リスク上の課題に対して、アジア共通通貨バスケットの導入は検討に値する。今後、アジア共通通貨バスケットを参照する域内の為替政策協調体制の構築によって、アジア各国に残存する為替取引規制が徐々に緩和されることが期待される。