国際投資仲裁における管轄権に対する抗弁とその処理

執筆者 岩月直樹  (立教大学)
発行日/NO. 2008年7月  08-J-012
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概要

今日、投資保護に関する国際条約においては、投資受入国が事前に、かつ一般的に投資紛争を仲裁裁判手続により解決することに同意する紛争処理条項が設けられるのが一般的であり、それを通じて投資家はいわば「一方的に」仲裁手続を開始することが可能となっている。こうした方式は投資財産・投資活動に対する実効的な保護を提供するものであり、それにより投資家にとってはその投資リスクを低減し、また投資受入国にとっては自国への投資を促すという利点を有する。しかし近年、こうした仲裁方式を投資家が積極的に利用し始めたことに伴い、投資受入国に過度の負担を及ぼすこととなっているとの懸念が見られるようになっている。投資仲裁手続を通じて投資受入国の国内政策の実施が不当に妨げているのではないか、また同一事案について複数の利用可能な紛争処理手続が用いられることで濫用的に利用されているのではないかという懸念である。本稿はこうした懸念がどの程度において当を得ているかについて、もっぱら仲裁付託に関わる諸条件の観点から検討するものである。

国際投資仲裁も仲裁手続きであることから、仲裁管轄権はあくまで当事者の合意した限りにおいてのみ及ぶ。そうした限界としてしばしば問題となるのは、(1)法的紛争の存在、(2)時間管轄、(3)事前協議の完了、(4)原告適格の有無などである。これらの問題を扱った仲裁判断例を比較検討するならば、一部には判断の対立なども見られるものの概して言えば、仲裁廷は自らが適用すべきものとされた投資保護条約や仲裁手続規則の明示的な文言に従う姿勢を示している。そのため仲裁廷としてはあくまで投資家に与えられた権利を関連規定に従って認めているにすぎず、投資家の保護を重視するあまりに広く管轄権を認めていると言うことは適当ではない。

しかし、仲裁付託にまつわる問題をおしなべて管轄権に関する仲裁「合意」の射程の問題としてのみ扱う従来の仲裁判断の立場には問題があろう。原告適格などは受理可能性に関わる問題であり、それは必ずしも仲裁「合意」の解釈には還元しきれない争点を含んでいる。それをあくまで包括的合意を理由として「合意」に含まれるものと扱う態度は、妥当なものとは思われない。仲裁手続の積極的な利用に伴い一部の投資受入国から示される「懸念」あるいは「不信感」に正当な根拠があるとすれば、それは受理可能性に関わる問題をもっぱら仲裁「合意」の問題として扱う従来の仲裁判断に認められる、そうした問題性に求められよう。そうした態度がとられてきた大きな理由の一つが、仲裁廷は当事者の合意にもっぱら規定されるという投資仲裁の本来的性質にあることからすれば、管轄権とは区別される受理可能性に関する判断権限を仲裁廷が有することを明示的に認めることが考えられてよい。このような観点からは、2006年のICSID仲裁手続きの改正において「明白に法的妥当性(legal merit)を欠く」ことを理由とする抗弁が明記されたことが有する意義は大きく、その今後の運用が注目される。