投資協定における「公正かつ衡平な待遇」-投資協定上の一般的条項の機能-

執筆者 小寺 彰  (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2008年6月  08-J-026
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概要

1.投資協定(BIT)には、自国投資家に対して「公正かつ衡平な待遇」(公正待遇)を与える義務が規定されることが多い。公正待遇義務は、内容の抽象性ゆえに従来関心をひくことはなかったが(とくに日本)、BIT上の仲裁(投資家対国家の仲裁・投資協定仲裁)が頻繁に用いられるようになって一躍強い注意を集めた。仲裁の場で、投資家がホスト国の公正待遇義務違反を主張し、仲裁廷が広く認めたからである。

2.公正待遇義務は、内国民待遇や最恵国待遇とは異なり、それ自身がホスト国の状況とは無関係に決まる基準であり、かつ規定自身からは、何を義務づけているか、その指示内容が明確でない。公正待遇義務については、国が外国人に国際慣習法上供与義務を負う「最低基準(minimum standard)」を確認したという見方と、「最低基準」を越える待遇を意味するという見方がある。ただし、公正待遇義務はBIT上に規定されており、条約によって規定の仕方が異なること(とくに国際法準拠の有無)に注意が必要である。

3.公正待遇義務が問題化したのは、まずはNAFTAについてであった。NAFTA仲裁では投資家の提起した公正待遇違反の主張について、公正待遇義務が国際慣習法上の最低基準以上のものを指すとの解釈を行ったうえで、その主張をことごとく認容した。その後、仲裁廷で公正待遇義務が国際慣習法上の最低基準以上のものを指すとの解釈が否定された。他方、仲裁判断の蓄積によって、公正待遇義務が、「国家の行為が恣意的、大幅に不公正、不正義または特異なものであり、差別的なものであり、かつ事業分野に由来する偏見または人種的な偏見にさらされる、または司法的な適正さを侵害する結果を導く適正手続が欠如する」ときに、国家に義務違反を認定する基準を指すとの見解が定着した。

NAFTA外でも、公正待遇義務についてホスト国の責任を認める判断が相次ぎ、またNAFTAとは違って国際慣習法上の最低基準以上の待遇を意味するという判示が今も続いている。またNAFTAと内容的に類似した具体的な基準も明らかになった。

4.公正待遇義務は、投資協定仲裁によってBITの新たな意義が明らかになった典型例である。仲裁判断を総括して現段階で言いうることは以下の諸点であろう。第1は、公正待遇義務の一般的内容について、NAFTAとNAFTA外で判断が分かれているが、これは、NAFTAとそれ以外のBIT規定の違いに起因すると考えられる(Saluka事件参照)。第2に、徐々に明確なものになってきた、公正待遇義務の具体的な内容は、投資に関して「透明かつ予測可能な枠組みを追求しない」こと(Metalclad事件)、「国家の行為が恣意的、大幅に不公正、不正義または特異で、かつ差別的なものであり、かつ事業分野に由来する偏見または人種的な偏見にさらされる、または司法的な適正さを侵害する結果を導く適正手続が欠如する場合」(Waste Management事件)等を義務違反とするものであり、一般的な性質決定の違いをほとんど反映するものではない。これらの具体的な基準を導出するうえで重要な役割を果たすのが、BITに起因する投資家の期待である。要するに、公正待遇義務は、BITを締結した以上、ホスト国が投資家に対して、その期待に反するような「不合理な」扱いをしてはいけないことを意味するものであり、BITの効果を大きく拡大したものと位置づけることができる。

5.公正待遇義務のような一般条項は、当事国が義務を解釈する国際条約では意味がないと考えられてきたが(とくに日本)、仲裁廷等の第三者機関によって条約が解釈適用される場合は事情は異なる。対象紛争の適切な解決を目指す仲裁廷等は、具体的な内容の規定によって適切に解決できない場合には、一般条項による処理を目指す。公正待遇義務はこの役割を果たしてきた。第三者機関による紛争処理を前提にした条約の起草には、第三者機関による紛争処理を前提としない条約とは異なる態度が必要であることを、公正待遇義務に関する仲裁判断は示している。

6.以上の検討を踏まえると、公正待遇規定は投資保護の水準を高めるものであり、投資協定においては必須不可欠の規定である。