WTO紛争解決手続の正統性と透明性-私的利益/公的利益モデルによるDSU交渉の現状分析-

執筆者 小林 献一  (コンサルティングフェロー)
発行日/NO. 2008年2月  08-J-002
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概要

本稿は、WTO紛争解決システムの透明性に関するDSU交渉 における各国の立場の違いを、その背後にあるWTO紛争解決メカニズムに対する哲学レベルでの認識の差異に注目して、検証したものである。まず第II章においては、WTO/GATT紛争解決手続に関する伝統的なプラグマティズム/リーガリズム論争を概観したうえで、本稿において分析枠組として採用した私的利益/公的利益モデルを紹介する。第III章では、私的利益/公的利益モデルの枠組に基づいて、実際にDSU交渉における各国提案・立場を分析する。なお分析にあたっては、パネル・上級委員会の会合の一般公開、アミカス・ブリーフ提出、紛争解決関連書類の一般公開の3点から各国提案を整理する。最後に第IV章では、FTAにおける紛争解決手続の透明性に関する議論をWTOのそれと比較し、両者の違いが表れる原因を示した。一連の分析を通じ、米国及びカナダ等が紛争解決手続の透明性向上を強力に支持し、WTOの公的利益機関としての側面に焦点を当てた提案を行っている一方、ドーハ・マンデート以前のEC及び途上国の多くが透明性に関する改革に懐疑的であり、私的利益機関としてのWTOの性質を強調する傾向にあることを明らかにする。

とりわけ、EC及び途上国の多くは、民間団体が紛争解決手続において非当事国以上の権限を与えられるのではないかと懸念し、WTOの政府間機関としての側面を強調する。言い換えれば、EC及び途上国の主張はWTOを、加盟国をメンバーとする私的利益機関とみなす従来型の思考に立脚している。しかしながら、WTOはその規制範囲を新しい領域へと急速に広げており、管轄権も拡大している。1999年のシアトル閣僚会合において明らかになったとおり、WTOの急速な変貌は一般社会の関心を高めると同時に、従来どおり、WTOを私的利益機関として扱うことを困難にした。WTOに現在求められていることは、加盟国の紛争解決のための枠組を提供することに限られない。むしろWTOが直面している問題は、紛争解決を含むWTOの意思決定に対する市民社会からの正統性をいかに確保するかであり、自由貿易に加えて、環境をはじめとした多様な(かつ自由貿易とトレード・オフの関係となりうる)価値を、どのようにWTO実務のなかで整理してゆくかである。