サービス貿易の自由化を伴うFTAにおける利益否認条項―FTAの非柔軟性に直面する締約国のための「裏口」は開くのか?―

執筆者 渡邊伸太郎  (長島・大野・常松法律事務所弁護士)
発行日/NO. 2007年9月  07-J-036
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概要

本稿は、自由貿易協定(FTA)のサービス貿易に規定される義務に対する例外条項の1つである利益否認条項を分析したものである。

サービス貿易に関するFTAを締結するためには、FTAの締約国は「相当な範囲の分野」において「実質的にすべての差別」を撤廃することが求められるが、サービス貿易のFTAにおいては業種横断的な例外条項のメニューが物品の貿易に関するFTAよりも少なく、将来の予測できない事態に対応するためにFTA締約国が利用することのできる手段が限定されている。利益否認条項はこのFTAにおける例外条項の限定性ないしFTAの非柔軟性の問題に対処するためのいわば「裏口」(backdoor)のような条項であり、また、FTAごとに規定内容の差異が顕著である。

以上を前提に、本稿では、FTAのうちサービス貿易に関する規定における「相手方締約国の法人」の定義条項及び利益否認条項の組み合わせを分析し、FTAをGATS型、EC型及びNAFTA型の3つの類型に分類している。また、利益否認条項の類型として、国籍型及び外交関係・措置型の2つに大別している。

さらに、本稿は、関連する投資仲裁事件の仲裁判断先例も参照しつつ、利益否認行為がFTA締約国間で争われる場合の主張立証責任について分析を行っている。その結果、関連するFTAがどの類型を採用しているかで利益否認を行おうとする国の主張立証責任が異なり、特にGATS型やNAFTA型のFTAである場合においては、利益否認を行おうとする国が利益否認条項の要件について主張立証責任を負う結果、立証上の困難に遭遇することがある。つまり、「裏口」は存在しても、事実上開けることができないことになる。

また、WTO加盟国間のサービス貿易のFTAが遵守すべきGATS第5条の解釈論については未だに十分な議論の蓄積がないが、利益否認条項にはGATS第5条整合性の論点が存在し、一定のリーガルリスクがありえる。特にNAFTA型のFTAに多く見られる外交関係・措置型の利益否認条項にはこのリスクが高く、紛争処理手続に持ち込まれる場合にいわば「裏口」がルール違反と判断されることもありうることになる。

最後に、本稿は、日本の今後のFTA交渉における利益否認条項の選択について若干の議論を行っている。