わが国における知的財産権を巡る動向とその評価(90年代後半以降のプロパテント化の評価-特に特許制度について-)

執筆者 清川 寛  (上席研究員)
発行日/NO. 2006年12月  06-J-060
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概要

昨今、知的財産権を巡る議論が活発化しているが、この傾向は2002年に小泉総理が知財立国を施政方針演説で表明し、それを基に知的財産基本法制定や知的財産戦略本部の設立等の動きを背景にしていると思われる。

 しかしながらプロパテントの動き自体は90年代半ばまで遡ることができる。即ち当時はバブル崩壊後で、グローバル化や特に中国等の台頭から経済的に相当厳しい状況にあったが、それを克服するには80年代の米国にならい、いわゆるプロパテント化によりイノベーションを促進し、産業構造の更なる高付加価値化あるいは差別化を進め、もってわが国の国際競争力を維持発展させることが必要と考えられた。

当時の知的財産権、特に特許制度を巡っては、その権利化が遅い、特許権の範囲ないし解釈が狭い、侵害時等の訴訟遅延、勝訴しても賠償が不十分等の議論があった。このような状況の下、特許等に係る日米協議、またウルグアイラウンドでのTRIPs協定の成立を受け、平成6年の特許法改正に至ったが、同改正においてクレーム記載方式の自由化等が行われた。その後、更に検討が進められ平成10年改正では損害賠償額の適正化が、次いでの11年改正では特許訴訟の迅速化・適正化等の改正が行われ、特許権強化に舵がきられていった。

本稿においては、この平成6年特許法改正後を中心に現在に至るまで、わが国特許制度が如何にプロパテント化、即ち特許権保護強化が進んだかを概観し、その評価を試みるものである。具体的には、特許権付与の迅速化、バイオやソフトウエア等の新技術の取扱い、クレーム設定範囲の適正化、クレームの解釈手法、特許権の効力、争訟手続き、救済措置としての損害賠償の適正化及び罰則の強化について、特許法等の法改正はもとより、特許庁での運用、更に裁判所の判例動向についてもその推移を概観した。

結論としては、迅速化は未だ一歩のところではあるが周辺状況は整備され、クレームの範囲や解釈は適正化され、また特許権の効力は、職務発明等一部個人的に疑義は残るものの整備され、特許裁判については迅速化および賠償額の高額化はかなりの実績を上げていると言えよう。そして、わが国特許権保護水準はプロパテントを提唱し始めた90年代後半に比して相当程度以上に改善されていると思われる。

ただ留意すべきは、特許権は排他権であり市場歪曲の弊害をもたらしかねず、過度の強化は望ましくなく競争政策との適切なバランスが必要ということである。この点、先達である米国においては、近時、特許数の過剰、訴訟や賠償の厳しさ等から技術開発への支障が懸念され、プロパテントの見直しが言われている。他方わが国においても、技術開発はますます複雑・高度化更に高額化しており、いまや1社限りでの遂行は難しくむしろ連携の必要性が言われている。よってイノベーション促進にはその成果としての特許の保護は前提となるが、イノべーションの更なる促進にはどこまでその排他性を主張すべきかは議論の余地があろう。そして筆者としては、保護強化としてのプロパテントはかなり達成できたので、今後はよりイノベーション推進型の特許政策が重要と考える。