投資協定における「透明性」-位置付けと対処-

執筆者 小寺彰  (ファカルティフェロー/東京大学大学院総合文化研究科)
発行日/NO. 2006年4月  06-J-026
ダウンロード/関連リンク

概要

国際投資法においても、他分野と同様に「透明性」が重視されている。「透明性」とは何か。また国際投資法の文脈においてどのような意味をもつのか。

国際経済法のなかで「透明性」が注目を集めたのは、透明性を基本原則に位置付けたGATSにおいてである。GATSでは、投資受入国(ホスト国)の関係法令等の情報の一般的入手可能性の確保を意味する透明性が基本原則と位置付けられたほか、他のWTO協定においても透明性が重視された。

二国間投資協定(BIT)において「透明性」が重視されるようになったのは最近のことである。1950年代後半から60年代にヨーロッパ諸国が結んだ初期のBITは投資財産の収用補償の確保を中心に据えたもので、「透明性」に関する規定は含んでいなかった。「透明性」に関する規定が生まれたのは、米国が80年代から結び始めたBITにおいてである。米国はBITによって投資保護と並んで投資環境の改善を目指し、そのために「透明性」に関する規定が設けられた。この米国のプラクティスがGATSに結びついたと考えることができる。その後米国では、関係法令等の情報の一般的入手可能性の確保による投資環境の改善を目指すものを超えて、ホスト国の説明責任の確保を要求するものに発展した。具体的には、関係法令等の情報の一般的入手可能性の確保を超えて、関係法令制定前のコメント権の確保や公平な審査機関の設立の義務づけまでに進んでいる。ただし、このように発展した「透明性」のプラクティスを採用するのは米国に限られている。他方、説明責任の確保が「透明性」の理論的根拠に据えられた結果、「透明性」が要求される主体が、ホスト国に限らず投資家や投資国(ホーム国)にまで及ぶべきであるという議論も最近では主張され始めている。この問題提起は、投資家のためにホスト国に国際的な義務を課すというBITの基本的な前提を変えるものであると捉えることができる(ただし、投資家やホーム国に対して「透明性」を要求するBITは現在までのところは結ばれていない)。

投資家の待遇を確保するために「公正かつ衡平な待遇」を投資家に与える義務をホスト国に課すというプラクティスが1980年代から採用されてきた。1990年代から盛んに利用されるようになったBIT上の投資家対国家の仲裁(投資協定仲裁)では、ホスト国が与えなければならない「公正かつ衡平な待遇」に「透明性」を読み込む例が現れ、その是非が問題化している。この点は、「公正かつ衡平な待遇」が国際法上の最低基準が課されていることを確認するための規定か、またはそれを超える内容をもつのかについての論争とも関係している。「公正かつ衡平な待遇」が国際法上の最低基準として理解した場合に、途上国を含むすべての国に関係法令等の情報の一般的入手可能性の確保を意味する「透明性」が義務づけられると言えるかということである。投資協定仲裁は、「公正かつ衡平な待遇」を国際法上の最低基準と理解しているが、国家が正しく行動しなければならない等を意味する「公正かつ衡平な待遇」は、BITの目的やホスト国の状況等に依存して決定されるものである。国家に対して正しく行動しなければならない等の最低基準が課されているとしても、個々の局面に適用した場合の具体的な意味は状況に応じて異なるものであり、それゆえに「透明性」が国際法上の最低基準としての「公正かつ衡平な待遇」のなかに読み込まれる場合があると考えることができる。

「透明性」が「公正かつ衡平な待遇」のなかに読み込まれうることは2つの効果をもつ。第1は、BIT上に「透明性」に関する規定がなくても、関係法令等の情報の一般的入手可能性の確保を意味する「透明性」は、「公正かつ衡平な待遇」規定によって確保される場合があることである。第2は、関係法令等の一般的入手可能性が確保されないで、投資が毀損された場合には、ホスト国が投資家に対して賠償しなければならない場合があること、つまり「透明性」が投資財産保護の役割を果たしうることが明らかになったことである。

わが国は従来からBITを含む投資協定一般について、「透明性」の確保に重点をおいた提案を行ってきた。「透明性」に関して問われているのは、関係法令等の情報の一般的入手可能性の確保によるホスト国の投資環境の改善という単純な視点から、ホスト国の説明責任確保によるホスト国の投資環境改善という、より深化した視点によって「透明性」を捉えるべきかどうかという点である。また「公正かつ衡平な待遇」義務には「透明性」を読み込むことが可能であり、その結果「透明性」は、「公正かつ衡平な待遇」義務を媒介にして投資財産保護の役割を果たすことになる。この点からも、「公正かつ衡平な待遇」規定はBIT締結に当たって重視する必要があろう。