どの起業家が強く流動性制約下におかれているのか
-日本の起業のデータからの研究-

執筆者 安田 武彦  (ファカルティフェロー/東洋大学経済学部)
発行日/NO. 2006年3月  06-J-020
ダウンロード/関連リンク

概要

起業家は起業時に資金面での制約に苦しむということは、起業事例や起業家に対する内外の先行諸研究からしばしば指摘される。本稿はこうした先行成果を踏まえ、実際に流動性制約に特に苦しむ起業家とはどういう起業家であるのかという点ついて分析を行う。

分析では第一段階として、起業時資金規模と起業時の起業家要因の諸構成要素との関係を明らかにする。この分析からは起業時の起業家の資産規模、起業動機を制御した場合、起業家の年齢、学歴の高低、さらには起業家の親の職業、起業の経緯が起業時資金規模に影響を与えることが明らかになる。

第二段階としては起業後のパフォーマンスについて、(1)第一段階で導かれた起業資金規模を制御した上で、起業家要因の諸構成要素との関係を明らかにする回帰分析、(2)起業資金規模を制御しないで、起業家要因の諸構成要素との関係を明らかにする回帰分析の2つの回帰分析を行い、それらの分析結果の比較を行う。そこからは起業資金規模を制御しない場合、起業後のパフォーマンスに対して有意なプラスの影響をもつ起業家の高学歴は、起業資金規模を制御した場合、影響を持たないこと等、起業資金規模を説明変数に加えるか否かで起業後のパフォーマンスの決定要因が異なることが明らかになる。

こうした結果は、起業家の学歴の高さは起業資金規模を通して起業後のパフォーマンスにプラスの影響を与えるものの、高学歴者であること自体が経営者としての高い素質につながるというわけではないことを示すものである。このことを反対から見ると、学歴水準の低い者は経営者としての資質の面で高学歴者と遜色が無い場合であっても望む水準に近い起業資金調達の面では困難に直面するという意味で流動性制約のもとに置かれている可能性が強いといえる。

ちなみにそうした状況を改善するための存在といえる政府系金融機関の融資についてみると、学歴水準が高くない起業家の方がそうではない者に比べ認可申請を受けやすくなっているという結果には実績からはなっていない。起業に対する政策融資については、2001年に「新創業融資制度」が設置される等、急速な体制整備なされてきたが、こうした面を見る限り、なお、いくつかの実務面の課題が存在するといえる。