企業の価値創造経営プロセスと無形資産-CERM・ROIAMアプローチ

執筆者 刈屋武昭  (ファカルティフェロー/明治大学ビジネススクール/京都大学経済研究所)
発行日/NO. 2006年3月  06-J-016
ダウンロード/関連リンク

概要

「文化は行動や加工物に顕示される共有化された共通の知識・理解である」-Redfield



企業価値の発生源は無形資産である。本稿の狙いは、その無形資産の複合的・複層的な価値への貢献のプロセスを明らかにし、本稿でCERM・ROIAMとよぶひとつの有効な包括的経営プロセスのあり方・枠組を定式化することである。それによって、企業価値への無形資産の複合的複層的・ホリスティックな貢献を理解し、資源化された無形資産を対象とした情報開示政策の限界を指摘し、無形資産情報の開示を促す場合むしろストーリー的な開示法が望ましいことを指摘する。議論の過程で無形資産のホリスティック性を理解する上で、組織的精神資産の概念を展開し、価値への貢献においてその資産の重要性を議論する。われわれの立場からは、ガバナンスや内部統制のあり方・プロセスも無形資産であり、それを包括的経営プロセスを有効に埋め込むことが必要であることを述べる。

具体的には、刈屋(2005)で議論したリスク・プロセスアプローチの視点から、無形資産と価値創造プロセスの関係を理解する枠組みを定式化する。そのため2004年COSOのERM(エンタープライズ・リスクマネジメント)の枠組みを拡張して、リスクとそれに対応するリアルオプションとオプション行使に必要な無形資産を識別するプロセスを組み込み、その結果としてCERM・ROIAM(サーム・ロイアム)プロセスとよぶ新しい経営プロセスの基本的枠組みを提案する。CはComprehensiveの略、ROIAMはReal Option and Intangible Asset Managementの略である。そこでは、企業の価値創造プロセス全体をひとつの包括的固有無形資産と見る立場をとる。したがってガバナンス・内部統制組織やそのガバナンスプロセス・統制プロセスも、その包括的統合無形資産(経営プロセス)の一部として無形資産であるが、さらにそれらが資源として、またプロセスとして、全体の価値創造プロセスへの関係のあり方(組織関係、プロセス関係)がまた無形資産となるという、複層的な構造をもつ。われわれのCERM・ROIAMプロセスの枠組みは、企業の価値創造と無形資産とリスクの関係を理解する包括的経営プロセスの枠組みであり、無形資産に関する情報開示政策や無形資産を通した国家の競争力を考察する基礎となるものである、と考える。

無形資産の情報開示に関して考慮に入れるべき点は、企業の経営を競争環境におき、私的統制のもとに多様な経営手法・プロセスを各企業にゆだねる、という資本主義的な仕組みをとる理由である。その理由の中に、リスク・不確実性への対応能力やインセンティブに基づいたイノベーションへの有効な誘導などに加えて、これまで認識してこなかったにしても、企業経営における無形資産の複合・複層性と外延性・共有性がある、と考える。実際、企業は従業員や消費者、供給者と多様な複合的関係を作り、それを価値創造に結びつけるプロセスは、人間の未知なる部分、価値観など進化していく部分、技術や社会・経済的環境など、進化のあり方についての不確実性・不確定性・蓋然性への戦略的コミットメントのプロセスとならざるをえない。そのために各企業は、全体としての経営プロセスに関して、さまざまな形態や創意工夫・イノベーションプロセスをとる。そのことが、私的統治の重要な理由であり、各企業の経営プロセスは包括的無形資産となりうる。

企業のこの多様な不確実性への関与と、その多様なアプローチ・対応が社会・市場に内在する人間の多様なニーズを掘り起こし、価値の流れを社会の中に引き起こし、時間をあまりかけないでさらに豊かな社会へと導くことになる。そこには、競争や市場、規制、嗜好、技術などの不確実性が関わるがゆえに必ず失敗と成功がある。そのリスクへの戦略的経営は、

 *インセンティブ・リスクアペタイトなど適切なリスク選好、

 *ベンチャーへの投資、プロジェクトファイナンス、企業提携、技術提携などによる投資リスクの分散化の仕組みの利用、

 *不確実性への理解の情報・知的優位性・知的資産プラットフォームの構築

などに関係する。さらに、有効な企業文化や企業理念をつくることが、人的資源を経営プロセスの中に有効な形で引き込み、人間のインセンティブをうまく舵を取り、組織モチベーションを高め、イノベーティブな志向を作り出し、結果として進化に対して先取りしていく経営プロセスを創造することが要求される。組織の精神的空間も無形資産のひとつになりうる。

そこで重要な点は、価値創造のコンテクスト依存性である。無形資産の価値創造への貢献を理解するうえでこの点を無視できないし、経営プロセスそのものの総合性が無形資産となる、という点である。そこでは、人的資産がプロセスの主体であり、また客体となる、という2重性に関係した、経営のヒューマンな要素を無形資産の理解に組み込む必要がある。この問題は難しいテーマであり、未消化となることを恐れずに、展開を試みる。