マレーシアにおける「開発」行政の展開-制度・機構を中心に-

執筆者 鳥居 高  (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2005年3月  05-J-008
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概要

マレーシア(独立時点はマラヤ連邦)では、1957年の独立以降、統一マレー人国民組織(United Malays National Organization:UMNO )率いる「政権党」が現在まで安定的に政権を維持してきた。UMNOを中心とする政権党は(1)1950年代以降は農村開発、(2)1971年からはエスニック・グループ間の経済不均衡是正を目指す”開発”、(3)1981年以降は、工業化とマレー人企業・企業家の育成を目標とした開発と、その重点と内容に変化は見られるものの、今日まで「経済開発の促進」に政権の正統性をおいてきたといえる。その背景には、経済開発を通じて複数のエスニック・グループから構成されるマレーシア社会の安定を維持し、長期的には「国民の統一」を図るという同国の政治社会構造からの強い要請が働いているからである。

本報告では、マレーシアの経済テクノクラートの分析作業の予備作業として、同国の開発行政の展開を3つの時期に区分し、それぞれの時期の開発政策の特徴を抽出した。すなわち、第1期(1950年代以降1970年まで)の特徴としては、1.開発行政の基盤整備と 2.農村開発の展開。第2期の特徴は、新経済政策(~1981年まで)実行のための制度整備として、1.NEP実行メカニズムの確立である。そして、第3期として1981年以降,マハティール政権期の制度「改革」として 1.「新しい要素」の導入、2.「限定された役割」としての企業家育成とまとめることができる。

これら3つの時期に共通していることは、総理府・経済計画局(EPU)による開発政策のコントロールである。