ノンテクニカルサマリー

日米のナショナルイノベーションシステムの制度的違いが産業競争力に与える影響に関するマルチエージェントシミュレーション分析

執筆者 KWON Seokbeom (Georgia Institute of Technology)/元橋 一之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 日本型オープンイノベーションに関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本型オープンイノベーションに関する実証研究」プロジェクト

日本と米国におけるイノベーションシステムの違いは、日本においては特定の企業間による継続的なネットワーク(たとえば自動車産業における部品メーカーとOEMの関係)が特徴的であるのに対して、米国においては市場メカニズムを通じた技術取引や企業組織のダイナミックな変化(大学や企業からのスピンアウト)がより活発に行われる点にある。その背景として重要なのは、雇用システムの違い(日本における企業内労働市場、米国における外部労働市場)であると考えられる(下図参照)。

図

ここでは、このようなイノベーションシステムを前提とした場合に、(1)それぞれのシステムのイノベーションの種類(革新的か漸進的か)による比較優位について分析をしたうえで、(2)日本企業が不得意である革新的イノベーションに取り組むための方策について分析を行った。なお、分析手法としてはマルチエージェントシミュレーションモデル()を構築し、その結果を解析することとした。

主な分析結果として得られたものは以下のとおりである。

  1. 日本型(関係依存)モデルは漸進的なイノベーションに比較優位があるのに対して、米国型(スピンアウト)モデルは革新的なイノベーションに比較優位がある。
  2. 日本型(関係依存)モデルはプロダクトライフサイクルが早い分野のイノベーションに対して比較優位があるのに対して、米国型(スピンアウト)モデルは、プロダクトライフサイクルが遅い分野に比較優位がある。
  3. 日本型(関係依存)モデルは、革新的イノベーションにおいて比較劣位となっているが、自社研究開発比率を高めることで、その劣位の度合いを少なくすることができる。

1の結果については、日本の産業競争力は自動車産業のように斬新的なイノベーションが進む分野で強く、その一方で革新的なイノベーションが進むエレクトロニクス産業で弱いことと整合的である。なお、日本企業はプロダクトライフサイクルが早いエレクトロニクス製品において産業競争力を有していたが、そのイノベーションプロセスが漸進的なもの(製品性能の向上)から革新的なもの(携帯電話からスマートフォンへの転換)に変化した段階で競争優位を失った。この点については、分析結果1と2に整合的である。

1と3については、日本企業が不得手とする革新的なイノベーションに対する戦略的な含意を与えるものである。まず、関係特殊的なイノベーションの協業からより幅広い連携先とのオープンイノベーションを進める必要がある。また、その一方で関係特殊的な協業を行っていた部分に対しては自社社内に取り込む自前化を進めることが必要である。

なお、分析結果からの政策インプリケーションとしては、革新的なイノベーションに取り組むためのオープンイノベーションを支援することが重要である。ただし、その際には、より幅広い相手との協業を促進することが望まれる。また、特に幅広い技術的シーズを有している大学との連携(産学連携)を推進することは、日本企業が革新的イノベーションに取り組むために有効であると考えられる。

脚注
  • ^ マルチエージェントシミュレーションモデルとは、コンピュータ上に複数のエージェント(ここでは企業と大学という2種類のエージェントを複数作成)を置いて、仮想的な市場取引を行わせることでシステム全体のパフォーマンス(ここではシミュレーションから得られるプロダクトイノベーションの総和)について分析するためのシミュレーションモデルである。