新規事業への進出と既存事業からの撤退:日本企業の実証分析

執筆者 森川 正之
発行日/NO. 1998年3月  98-DOJ-87
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概要

本稿は、日本企業のマイクロデータを使用し、日本企業の新規事業分野への進出、既存事業分野からの撤退について分析したものである。企業の進出・撤退行動を大量のサンプルで定量的に分析した初めての試みである。

主な分析結果は以下の通りである。

1.新規事業分野への「進出」、既存事業分野からの「撤退」は、ネットで観察されるよりもはるかに大きなグロスでの動きがある。多くの事業に進出する企業は多くの事業から撤退する傾向がある。企業の売上高に対する進出部門、撤退部門の寄与度はかなり大きい。

2.新規事業への進出、既存事業からの撤退の決定要因を分析すると、本業の成長、企業規模、研究開発、平均賃金、企業内での従業員再配置の柔軟性、親会社の有無、初期の事業展開の広さなどの企業特性が有意な関係を持っていた。1)「本業」が順調な企業は進出も撤退もしない、2)大規模な企業あるいは幅広く事業を行っでいる企業は新規事業への進出を盛んに行う一方で撤退も活発に行うが、企業規模や初期の事業展開の影響は撤退に対してより顕著であり、過度の多角化から業種の絞り込みへ向かう傾向が見られる、3)研究開発集約的な企業は事業展開を拡げる傾向が強い、4)企業内での雇用の再配置を柔軟に行える企業ほど進出も撤退も容易に行う傾向がある、5)親会社を持つ企業はあまり新規事業進出を行わない一方で既存事業からの撤退は迅速に行う傾向がある、といった点が特に興味深い。

3.子会社・関連会社を通じた「新規事業への進出」、「既存事業からの撤退」も非常に活発に行われている。子会社等での進出・撤退には、(親会社の)本業売上高の成長、研究開発、初期の子会社展開の広さなどが関連している。もともと子会社展開の幅が広かった企業は、撤退を通じて業種展開の範囲を狭める傾向がある。

4.本体(親会社)で進出や撤退を活発に行う企業は子会社・関連会社を通じた進出・撤退も活発に行う傾向がある。本体(親会社)の進出・撤退と子会社での進出・撤退とは、全体として見れば代替的とは言えない。両者を比較すると子会社形式での進出・撤退の方が相対的に激しく、リスクの高い事業を子会社・関連会社で行う傾向があることを示唆している。

本稿の政策的含意としては以下の点が指摘できる。

1.産業構造の転換の上で、ヴェンチャー・ビジネスなど新規企業の創出が強調される傾向があるが、既存企業の新規事業進出・既存事業からの撤退を通じた産業構造転換のマグニチュードは大きく、それらを円滑化するような制度的な環境整備が重要である。純粋持株会社制度の解禁をはじめ、企業組織の選択の幅を拡げる最近の制度改正の動きは、このような観点からも評価できる。

2.研究開発集約度は企業の新規事業進出を促進する重要な要因であり、研究開発を拡大するような政策(知的所有権制度の強化、研究開発促進税制など)は、新規事業の拡大を通じた産業構造の転換を迅速化する効果を持ちうる。

3.近年、外部労働市場の流動性を高めることが望ましいという議論が多いが、企業内での雇用転換が柔軟な企業ほど新規事業進出や既存事業からの撤退を円滑に行う傾向があることを示唆する結果が見られ、従業者の配置転換など内部労働市場の柔軟性の確保も重要である。