日本型企業体制は変化しているか

執筆者 松本 厚治
発行日/NO. 1997年4月  97-DOJ-76
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概要

日本的企業体制が崩壊すると論ずる人が多い。これは不況の度ごとに、また世上関心を引く経済問題が生じたときにそれと結びつけて語られてきたもので、目新しいものではない。

今回雇用情勢が最も深刻であった時期を取り上げても、構造不況期と比べれば、雇用調整を実施した企業は少なく、解雇や希望退職募集もあまり行われていない。 これからも、累次の不況を乗り越えて維持されてきた日本的雇用慣行が、今回にわかに崩壊するとは考え難い。実質ゼロ成長が3年続いたのに、失業率が3%台を維持してきたのは、この慣行の底固さを示す。ストの件数も減少を続けている。長い目でみても、 この慣行の崩壊の傾向を裏付けるものは見出し難く、その反対を示唆するものが多い。

転職率は、1970年代に比べるとかなり低い。年功による給与格差も依然大きく、実際に転職すると、生涯所得で大きな損失を被る。長期勤続者も着実に増え、定年制の普及率も高まっている。慣行が単なる慣行の域を脱して、判例法によって法的根拠を与えられるようになってきたことも、崩壊論とはそぐわない。

株式の安定保有構造にも特段の変化はない。法人の所有株式が売却されて持合いが崩壊するという説がバブル崩壊直後に唱えられたが、調査結果はこの構造がバブル期をまたいでむしろ堅固になっていることを示している。株主総会や取締役会の運営状況もこれまでと変わらず、企業と株主の間に本質的な変化が生じているとはいえない。

具体的な根拠を欠くにも関わらず「崩壊」が好んで語られるのは、知識人社会において、欧米型に普遍性があり日本のそれは異常であるという観念が根強く存在するからではなかろうか。このような観念の現実性も、この際問われるべきであろう。

雇用が流動化し転職が常態となれば、企業にとって雇用保障を与える意味はなくなり、個人は職の安全を失い、失業も増える。企業が福利厚生に努力する誘因も減殺され、教育・訓練のための人的投資は行い難くなる。企業の社員への信頼も限定的なものとなり、情報も広範な社員に伝えることも、ボトムアップ型の仕事の進め方も行われ難くなる。雇用に市場原理が浸透するにつれて所得格差も拡大し、日本社会の特徴であった平等性も損なわれる。

株式の安定保有構造の崩壊は、株主による経営支配への道を開く。これは株主の短期的利害関心に基づく介入によって企業の永続的発展を損ないかねない。個人の大資産家が大企業を買収し、裸の資金力だけで権力と地位をあがない得るようになる。所得格差はこの面からも拡大し、階級社会の特性が色濃くなるだろう。日本社会の安定の基礎となっていた企業の社会的統合力も失われる。

世界的な視野の中では、今日顕著になっているのは欧米における「日本化」の進展であり、これは欧米企業の競争力の再建に貢献している。日本での通念に反し、流動化し変容しつつあるのは欧米産業の体制であって、日本のそれはむしろ安定している。