中国経済とGATT

執筆者 小宮 隆太郎
発行日/NO. 1994年3月  94-DOJ-50
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概要

現在、GATTにおいて中国の参加に関する交渉が進められているが、本稿は、中国のGATT参加に関連する経済的ないし経済学的諸問題について考察したものである。

GATT体制は、市場経済の担い手である各国の企業が、いずれの国に存在している企業とも、できるだけ政府の干渉なしに自由・多角的・無差別に財貨の取引をすることを理想としている。したがってGATT体制は、国際取引の自由化に止まらず、国内経済の一定の自由化をも加盟国に要請する。ところが、現在の中国の経済諸制度・政策には、貿易業務の許可制、二重価格制、政府による国有企業の赤字補填、各省政府による産業保護など、基本的な考え方においてGATTの諸原則と非整合的な事柄が少なくない。

現状では、中国の経済諸制度とGATT体制とは「水と油」という印象を禁じえない。

中国では、GATT参加に伴い輸入圧力を防ぐことが難しいとの懸念があるようだが、第一に、マクロ的な輸入の調節は、?中央銀行がマネーサプライを適切にコントロールしてインフレなき経済成長を実現すること、また?かりに多少のインフレが不可避であるとしても、為替レートを外貨の需給を均衡させる水準に随時調整することによって可能である。第二に、産業部門別の輸入圧力に関しては、貿易自由化に伴い「比較優位」に基づく輸出と輸入の適度な均衡が達成されるはずである。またいわゆる「幼稚産業の保護」については、それをGATT規定に合致した形で進めればよい。中国は長期的な視野をもって貿易自由化を着実に進めるために、「貿易自由化計画」を作成することが望ましい。

社会主義の経済制度とは、基本的な生産手段の公有、計画経済、労働に応じた所得分配、の三つの原則により特徴付けられると説明されてきた。中国がGATTに参加すれば、国有企業を十分な自主性・自立性をもった経済主体とし、品目別の指令的需給計画や計画価格の制度を廃止するなど、従来の社会主義的諸制度の改変が不可避である。またGATT体制は、法治主義、諸制度・政策の透明性および情報の自由な流通を必要としており、中国は現在の党治主義と秘密主義を克服しなければならないであろう。

中国のGATT参加は、中国自身にとっても、日本を含む世界の他の国々にとっても、大きな利益をもたらす。今後中国がその経済諸制度の一層の市場経済化・自由化を進め、法治主義を定着させ、貿易政策・制度の透明性を高め、中国のGATT参加が実現することが望まれる。