日本企業の垂直的取引関係:米国競争法による評価

執筆者 上田 英志/中橋 靖/東條 吉純
発行日/NO. 1993年11月  93-DOJ-49
ダウンロード/関連リンク

概要

最近米国での論調の中には、日本は米国に比べて競争法による規制が緩やかであるため、結果として米国企業は、参入が阻害されるなど日本企業に比べて不利な状況に置かれているといったものがある。しかしこのような議論は、日米両国の競争法や批判されている日本の取引実態を十分に理解せずに行われていることが多い。

本稿では、日本の代表的産業として自動車産業における企業間取引を採りあげ、生産レベル及び流通レベルの取引実態に即して、米国の競争法の下でこれらがどのように評価できるか、特に日本の自動車産業における垂直的取引関係が米国競争法の排他条件付取引に関する規制基準に照らして違法とされるかとの点にポイントを絞って検討を行った。

日本の自動車産業において排他条件付取引があることを、協定の存在を挙げて立証することが、まず困難であろうが、仮に日本の自動車産業において排他条件付取引が行われていたとしても、その行為は米国反トラスト法で当然違法とされる行為にはあたらず、合理の原則によって判断される。米国反トラスト法判例理論と米国司法省のガイドラインが具体的かつ詳細な判断基準を示しているとは言えないため、また日本の自動車産業の取引実態について得られる情報に限界があることからも、本稿において詳細な検討が成されたとはいえない。しかし、いくつかの前提と制約されたデータだけでも本稿のような議論を進めていくならば、生産、流通のいずれの段階についても日本の自動車産業の垂直的な取引は、少なくとも違法と断定することはできない。

日本市場においてもカルテルやボイコットが行われることがないように、独禁法の厳正な運用が望まれることは言うまでもない。しかしながら、他方、日本の独禁法をその運用も含めて強化すれば、外国企業が日本の自動車産業の流通市場であれ、部品市場であれ、外国企業のシェアを高めることができるとの考え方には無理がある。外国企業が指摘する日本市場への参入の困難性の背景には、企業間の長期継続的な取引関係があるが、第一に、自動車市場における長期継続的取引関係には、経済合理性がある(これは新規参入を永続的に拒むものではなく、実態は米国企業を含めて新規参入が進みつつある)。第二に、日本の自動車市場が米国競争法の司法省ガイドラインや判例から見ても、問題があるとは明らかにされない。むしろ、外国企業が日本市場への参入を進めるためには、デザインインと呼ばれる企業間関係の構築を進めることであり、また、流通市場においては既存のディーラーの再組織化や別の流通業者に対しアプローチをするようなことも考えられよう。本稿では自動車産業のみを採り上げたが、米国反トラスト法で日本の他の産業がどのように評価されるかは今後の検討課題である。

企業間の取引や市場の実態を捉えることは容易ではないが、何らかの表面的な現象のみから早急な判断を下すことは避けなければならない。その実態を十分とらえた上での冷静な判断が望まれるところである。