企業モデルに基づく投資関数の導出と計測

執筆者 中島 隆信
発行日/NO. 1991年9月  91-DOJ-31
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概要

HicksによるIS-LM分析以来、マクロ経済理論に登場する投資関数といえば専ら利子率の関数として扱われてきた。また、投資の実証分析を行なう際には、利子率のみでは説明力に欠けるため、利潤原理、加速度原理などと結合した投資決定式を設定し、推定に用いていた。現在でもマクロモデルにおける投資関数は基本的にこうした捉え方を踏襲している。そして推定式のあてはまりが悪い場合は、さまざまな要因を説明変数として追加し決定係数を高めるといったad hocな方法がとられている。このような投資理論の不完全性を批判し、Eco-nometricな投資理論を最初に確立したのはJorgensonである。彼の投資理論は新古典派のミクロ経済理論を基礎とし、それと資本ストック形成のためのラグ構造を組み合わせたものであった。それから6年後の1969年に、Tobinは金融市場の一般均衡理論を構築する上で、実物市場との接続として投資理論を展開した。いわゆるTobinのq理論は、元来マクロモデルの構成要素であったにもかかわらず、Jorgensonの投資関数モデルに比べて実証的扱いが容易であったことも相俟って、投資関数単独の推定にさかんに用いられるようになった。このすぐれてマクロ経済学的なq投資理論にミクロ経済学的解釈を与えたのが吉川 洋氏である。吉川氏は、Uzawaモデルを用いて、Tobinのq理論が企業価値最大化原理に基づくミクロ企業行動理論と整合的であることを示した。さらに、近年、Morrison等によって可変費用関数に基づく内生的稼働率理論が紹介され、これとTobinのq理論との整合性が明らかになった。この稼働率モデルを用いることにより、Jorgensonの投資理論、Tobinのq理論、さらにはad hocと見られていた利潤原理や加速度原理に基づく投資決定式は相互に密接に関連しあっていることがわかる。

本論文は、これらの投資理論に関する遺産を統合し、標準的な企業行動モデルから一般均衡モデルと接合可能な投資関数を導き出すことを目的とする。分析内容は次のように要約される。
(1)Morrison流の可変費用関数を用い、企業の資本収益フロー最大化の動学モデルを解くことにより投資関数を導いた。
(2)導出された投資関数の現実説明力を1968年から1988年までの日本の製造業のデータによってチェックした結果、推定式の統計的あてはまりは90%弱であり、資本の限界効率と資本コストの比率の項のパラメタは有意に計測された。
(3)投資関数とここでの企業モデルから導かれる労働需要関数を用い、一時的な生産量拡大が労働および資本投入に与える勤学的効果を調べた。結果は労働供給者の賃金に対する反応に大きく依存し、反応が鈍感なケースでは労働需要増によって賃金が大幅に上昇するため生産量拡大効果の波及経路で労働と資本の代替が隔年で発生することになる。