経常収支の持続的不均衡:一般的考察

執筆者 小宮 隆太郎/千明 誠
発行日/NO. 1990年11月  90-DOJ-25
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概要

1980年代には世界的な規模での経常収支(国際収支のうち経常勘定の取引の収支差額)の寺統的不均衡が生じた。このうち米国の赤字と日木の黒字は、今後の世界の多角的自由貿易休制の安定的発展に対する脅威を内包していると考えられる。本稿では、経済学の立場から、経常収支の持続的不均衡の問題をめぐって「歴史的事実」、「理論的分析」、「政策的評価と対応」の三点について概観し、われわれの所見を述べる。

歴史的経験に照らして見れば、1980年代の経常収支の不均衡は異常なものとは言えない。むしろ貿易と資本移動が自由に行われる国際経済のなかでは、各国の経常収支に持続的不均衡が生じていることの方が一般的であるようにみえる。典型的な例として、19世紀後半の英国では対GNP比率で4%程度の経常収支の黒字が約50年間にわたって続いた。明治維新以後の日本でも、第二次大戦以前には経常収支の持続的不均衡が生じた時期が何度かあった。それには実物的ショック(戦争、災害)と政府の政策が重要な要因となっていた。

理論的に考えて、経常収支不均衡の調整にとって資本移動の役割が重要であることはいうまでもない。資本移動が自由な状況の下では、経常収支の不均衡が速やかに調整されると説得的に説いている理論は存在しないように思われる。今日、先進各国で資本移動の自由化が進んでいることを考えれげ、経常収支の持続的不均衡が発生したとしても、それは決しで不自然なことではない。

経常収支の不均衡は、それがもっぱら民間主休の自由な行動の結果として生じたものであるならば、消費者主権と自由れ、企業制の原則からいって、基本的には憂慮すべきことではない。これに対して、政府の行動、たとえば放漫な財政政策やインフレ的な金融政策により生じた不均衡は、将来に禍根を残す可能性がある。しかし、今日の米国の場合、その経常収支赤字はそれ程憂慮すべき状態ではなく、今後適切な政策がとられれば、現在程度の経常収支の不均衡は解消し、あるいは適度の水準に削減することが可能であると考えられる。