市場構造と為替転嫁効果:日本の輸出価格を対象とした計量分析

執筆者 木地 三千子/清野 一治/柴山 清彦
発行日/NO. 1989年1月  89-DOJ-5
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概要

このペーパーは、標準的な価格理論のフレームをもちいて為替転嫁効果(pass-through effect)と市場構造(市場シェアや寡占企業間の競争構造)との関係を検討し、かつ、その結果を日本の輸出品目に当てはめて検証したものである。

完全競争を仮定した需要・供給のフレームで考えると、為替転嫁率(外貨建て輸出価格の変動率/為替レートの変動率)は需要の価格弾力性、供給の価格弾力性および輸出市場におけるシェアといった市場の諸条件に依存し、輸出品の市場シェアが高いほどその輸出品の為替転嫁率は高くなるという関係が導かれる。次に、同質財寡占のフレームによって寡占企業間の競争構造と為替転嫁率との関係を考えると、通念とは逆に、輸出国側の企業群が競争的であると為替転嫁率は高くなるという理論的帰結が導かれる。

日本の輸出品目ごとの為替転嫁率と以上のような市場構造との関係をクロスセクションで回帰分析した結果は、次の2点に要約される。

1)日本の輸出品目ごとの為替転嫁率とその輸出市場におけるシェアとの間には、プラスの相関が観察される。つまり、輸出市場におけるシェアが高い輸出品目は為替転嫁率が高いという傾向がある。

2)日本の輸出品目ごとの為替転嫁率とその生産集中度との間には、マイナスの相関が観察される。つまり、生産集中度が低く競争的な市場構造となっている輸出品目は為替転嫁率が高いという傾向がある。

日本の輸出価格に関して、しばしば「日本企業特有の過当競争体質のために円高になってもそれにみあって海外で日本製品の価格が上昇しない」といった主張がきかれる。こうした主張の背後には、「輸出企業が競争的であると為替転嫁率が低くなる」という通念がある。しかし、この通念は理論に照らして誤っているばかりではなく、計測結果が示すように事実とも相い反している。日本の輸出価格の動きは、ごく標準的な価格理論のフレームから得られる帰結と整合的なのである。