『日本的』雇用・賃金慣行と経済成長

執筆者 安延 申
発行日/NO. 1988年12月  88-DOJ-2
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概要

本研究は、「日本的」な企業システムの典型例としてしばしば引用される終身雇用制、年功賃金制といった制度がどのような経済合理性を有するものであったか、更にこれらのシステムが日本経済の発展とどのような関係を有し、また、どの程度環境変化とともに変わっていくものであるのか、を考察しようとするものである。

具体的な検討の手順としては、まず、終身雇用制、年功制賃金を取り上げて、「日本的特殊性」に関するサーベイを行う。ここでは、これらの制度が日本独自のものではなく欧米でも同様の傾向が見られるものの、日本で最も明確な形をとって現われていることが示される。次いで、終身雇用制、年功制賃金の経済的合理性に関して、これらの制度を人的資本蓄積の対価、あるいは、労働者にインセンティブを与えるためのメカニズムとする従来の説明では、何故、日本でだけこうした制度が最も明確な形をとったのか、そして、特に良好な経済パフォーマンスにつながったのかが十分には説明されないと考えた。

従来の説明を補足するために、本稿では簡単な理論モデルを導入し、労働者が短期的な分配の最適化を目指すのではなく、就業年限全体を見通した長期的な分配の最適化を目的とすると仮定した。この場合、労働者が現時点では低い賃金を受容し、企業の設備投資・技術導入に協力することによって、一定期間の経過後に高い報酬を得ようとする行動を取るとすれば、日本的な顕著な長期雇用制、急な年功賃金などが整合的に説明される。高度成長期の日本は、若年層が非常に厚い労働力構成となっており、かつ、欧米の先進的な技術や資本を導入し労働の資本装備率・技術装備率を上げることによって、企業の高成長、ひいては将来の報酬の上昇が、かなり確実に期待し得る状況にあった。このような状況下で上述の理論モデルが妥当するとすれば、なぜ日本においてより明確な形で長期雇用・年功制賃金が成立したのか、そして、なぜ高いパフォーマンスに結びついたのかを説明することが出来る。

今日、日本の労働力構成は急速に高齢化しつつあり、その資本装備率は欧米に比べ遜色なく、生産技術も世界で有数の水準にある。その意味で日本の終身雇用制、年功制賃金といったシステムを支えていた条件の一部は失われつつあり、日本の雇用・賃金制度も、ある程度欧米のものに接近していく傾向にあると考えられる。