G7サミットと世界経済 危機克服へ成長力取り戻せ

吉川 洋
ファカルティフェロー

広島での主要7カ国首脳会議(G7サミット)は、歴史の大きな節目に開催される。冷戦終結により過去のものとなったはずの核の脅威すら漂うウクライナ戦争に、終わりの兆しは見えない。戦争により多くの国がエネルギーの調達困難に陥り、物価の上昇が人々の生活を脅かしている。

激化する日米欧と中ロの対立は、サプライチェーン(供給網)の分断をもたらし、経済の基本構造に深刻な影響を与えている。

生産効率の違いに基づき各国が国際分業することにより、すべての国が貿易の利益を享受する。約200年前に古典派経済学を大成した英経済学者デビッド・リカードにより定式化されて以来、経済学における最も基本的な命題とされてきた。自由貿易の理念は様々な挑戦に遭遇しながらも、関税貿易一般協定(GATT)や世界貿易機関(WTO)のもと、戦後の世界貿易の拡大に寄与してきた。

とりわけ20世紀末からの情報通信技術の革命的進歩は、国際的な資本移動や貿易などグローバル化を加速した。だが今やこの流れは急停止し、企業は新たなリスクのもとでのサプライチェーンの確保に追われる。

こうした経験は初めてではない。1975年11月、パリ郊外ランブイエ城で開かれた第1回サミットは、石油輸出国機構(OPEC)による石油価格の大幅引き上げ、いわゆる第1次石油ショックにより西側先進諸国がインフレと深刻な不況(スタグフレーション)に陥るなかで開催された。

日本も74年、消費者物価が20%余り上昇するなか、戦後初めてマイナス成長に陥った。サミットでは、インフレを抑制しつつ持続的な経済成長を実現することが共通目標とされた。ブレトンウッズ体制(1ドル=360円)が崩壊してわずか数年後に開かれたこの会議では、変動相場制のもとでの為替レートのあり方についても議論された。

激動の70年代を最もうまく乗り越えたのが、実は日本だった。第1次石油危機時の激しいインフレの経験に学び、第2次石油危機(78〜82年)のときには、物価と経済成長いずれの面でも日本経済は国際的に見て良好だった。その秘密は、日本の賃金の伸縮性にあると世界から注目された。

70年代に明らかになった資源制約も、事後的に見ると日本の製造業にとってはむしろ追い風になった。燃費効率の優れた車をつくることに成功した自動車産業は、この時期に世界のフロントランナーに躍り出た。80年代に入ると「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれ、米国との間に激しい貿易摩擦を生むまでになった機械産業の躍進は、旺盛なイノベーション(技術革新)によりもたらされた。

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現在世界が直面している問題は50年前とは異なる。70年代も冷戦体制下、世界は平和ではなかったが、ベトナム戦争も終結し、東西両陣営の正面衝突を招きかねない危機は眼前になかった。しかし今は、出口の見えないウクライナの戦争により法の支配に基づく戦後の秩序が厳しい試練にさらされている。被爆地広島で開かれるサミットでは最大のテーマとなるだろう。

70年代と現在にはもう一つ大きな違いがある。50〜60年代は、先進資本主義諸国が高成長を享受した「黄金の時代」であり、その間に格差の縮小・平等化も進んだ。70年代には石油価格の急騰により戦後の高度成長に終止符が打たれ、激しいインフレが生じた。一方現在は、資本主義諸国が長期停滞と格差の拡大に悩むなかで生じた世界経済の混乱とインフレに直面する。世界中で不満が高まる背景には格差の拡大がある。

直面する諸問題に対応するための財政・金融政策も、70年代に比べはるかに強い制約下にある。石油危機に対する拡張的財政政策の結果、日本の国債残高は75年の15兆円から85年の134兆円へと9倍に膨らんだ。

とはいえ、国内総生産(GDP)の2倍を超える国債残高1千兆円を抱える現在とは比較にならない。日本だけでなく、いずれの国もコロナ禍で財政は急速に悪化した。2022年9月に就任したトラス英首相は、歳入の裏づけのない財政支出案を発表した後、わずか1カ月半で退陣に追い込まれた。米国でも債務残高は法定上限に達している。

金融政策についても、70年代にはゼロ金利の制約はなかった。当時重要な政策手段だった公定歩合は、第1次石油危機発生後の73年12月に9%まで引き上げられたが、78年3月には3.5%まで下げられ、第2次石油危機が起きると再度80年3月に9%まで上げられた後、87年2月には2.5%まで下げられた。機動的な金融政策は今や夢物語だ。

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各国とも政策に手詰まり感のあるなか、国際協調によりできることは、グローバルな金融システムの安定性を維持することだ。現在は米国の中堅銀行の破綻やクレディ・スイス・グループの経営危機、途上国の債務問題がグローバルな危機へと拡大するのを未然に防がねばならない。だが4月にワシントンで開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は結束を示せなかった。G7のリーダーシップが問われている。

インドを筆頭にグローバルサウスと呼ばれる国々の台頭が著しい一方で、先進諸国はなぜ長期停滞に陥っているのだろうか。低成長は究極的にはイノベーションの欠如に起因するが、イノベーションの源が枯渇したからだという説がある。もはや新たにやるべきことが残されていないというのだ。果たしてそうだろうか。

地球温暖化や超高齢社会の到来が人類すべてにとって大きな課題であることは広く認識されているが、問題の解決は緒についたばかりだ。グリーンとシルバー、この2つだけでもイノベーションが切望される。それには脱炭素で明らかなように国際的なルール作りが不可欠だ。人工知能(AI)をはじめ新しい技術の管理も同様だ。サミットでの議論の進展が期待される。

世界経済の動きと並び、われわれにとって関心があるのは日本経済の動向だ。図は、日本を除く先進6カ国(G6)と日本の実質成長率だ。60年代の高度成長期に日本の成長率が突出して高いことはよく知られるが、その後もバブルが崩壊した91年までは日本の成長率は他の先進6カ国より高かった。だが92年以降30年間はほぼG6を下回るパフォーマンスが続いている。

図 日本と先進6ヵ国(G6)の実質成長率

G6はいずれも資本主義国として日本より先輩の成熟した国々だ。08年のリーマン・ショック時には、G7すべての国が大きなマイナス成長に陥ったが、日本は他のG6に比べて立ち直りが遅かった。20年のコロナ禍での落ち込みのあと、21年の回復についても同じことがいえる。日本経済はG6諸国と比べて構造的に脆弱なのだ。高い貯蓄率の一方で、設備・研究開発投資が他の先進国と比べて著しく低迷しているからだ。

G7が世界経済のリーダーであるためには、堅い結束と並び、7カ国それぞれが力強い経済をもたねばならない。とりわけ日本はこのことを銘記すべきだ。

2023年5月10日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2023年5月17日掲載

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