農政改革による食料自給率向上戦略

山下 一仁
上席研究員

前号で、食料需要が米から他の農畜産物にシフトする中で、価格政策、農地政策とも需要の減退する米への農業資源の集中と食料安全保障に不可欠な農地資源の減少というおよそ食料自給率向上とは逆行する効果をもたらしたことを示した。食料自給率向上のために何をなすべきか。答えは簡単である。価格の引下げと農地資源の確保というこれまでと逆の政策を採ればよい。

本号では直接支払いによる農産物価格の引下げについて説明する。
米についていえば、当面WTO交渉で合意される関税水準で決定される輸入米の価格水準、将来的には国際価格水準まで国産米価を引き下げることを目的として、一定規模以上農家に限定した直接支払いを導入する(例えば、日本米と品質的に競合すると思われる中国産短粒種の価格は約4000円、予想上限関税率100%の関税賦課後の価格は約8000円となる)。

(1)生産調整の縮小・廃止による米価引下げとデカップルされた直接支払い
関税が下げられていけば生産調整により価格を維持することはできなくなる。米の生産調整を段階的に縮小・廃止することにより米価を徐々に需給均衡価格(約9600円)まで下げていく。価格低下で影響を受ける一定規模以上の企業的農家に対し、一部が農地の貸し手への地代として吸収される面積当たりの直接支払いではなく、生産・価格に影響しないため所得減を十分補償できるデカップルされた直接支払いを交付する。対象を絞り込んで助成することこそ直接支払いの本質であり、価格低下により影響を受けない農家に助成することは不適切(稲作副業農家の農業所得は10万円に過ぎない)である。

(2)構造改革の手法としての直接支払い
これまで米価の上昇は農地の出し手である零細農家の農地保有意欲を高めてしまうるという考え方と米価の下落は農地の受け手である規模拡大農家の地代負担能力を低め農地の流動化に逆行するという考え方が対立してきた。次のグラフは平成6年と13年の規模拡大が困難である理由を比較したものである。平成6年と13年の大きな違いはこの間米価が24%低下したことである。米価の低下により農地の出し手がいないという理由は大きく減少している。他方、借り手側の理由として米価の低迷が大きく増加している。借り手にとって、規模拡大によるコスト・ダウン以上に米価が下がると予想すれば、支払可能地代が低下するので借りにくくなるからだ(転作面積の増加という理由も急増しているが、転作面積が増えると農地を集積しても稲作の規模拡大につながらず、コスト・ダウンによる収益の増加が見込まれないからである)。

規模拡大が困難である理由

需給均衡価格から国際価格を目指してさらに価格を下げていくためには(生産調整を廃止して価格を下げ農地供給を増加させる一方)、一定規模以上の農家に農地面積に応じた直接支払いを交付し地代支払い能力を補強してやれば、農地はこれら農家へ集積しコスト・価格は下がる。この直接支払いは実質地代の軽減によるコスト・ダウンという直接的効果と、農地の流動化による規模拡大、生産性の向上によるコスト・ダウンという間接的効果を生じさせる。仮に直接支払いが全て地代の上昇として貸し手に帰属するとしても、間接的効果により農業の構造改善、価格の引下げは進展するし、一気に国際価格等まで引き下げるよりも財政負担は大幅に軽減できる。しかし、対象が限定されないと構造改革効果はなくなる。

農業団体が農家選別だと反対する理由はない。零細農家が自ら耕作すれば直接支払いは受けられないが、農地を受給資格農家が借り入れれば零細農家も直接支払いの一部を地代の増加として受け取ることが可能となる。

この政策はどのようにして食料自給率を高めるのだろうか。
まず、中山間地域等直接支払制度と同様、水田、畑の上に何を作付けても直接支払い額は同じなので、米作偏重という政策の歪みが排除できる。

次に、昭和40年代から30年以上の長きにわたって実施してきた米の生産調整はなくなり、生産者が需要に応じた米を作りたいだけ作れるようになる。価格が下がり需要量が増え、生産調整がなくなるので、米の生産量は増加する。

さらに、価格が低下すればこれまで米粉等輸入調製品に占められていた食品産業の需要も国産米で代替できる。これまで飼料米の生産については通常の米価格(生産コスト)と飼料米価格との間に大幅な格差があったことから、アイデアとしては出されてきたものの、本格的な検討までには至らなかった。飼料用生産は農業基本法も最初からあきらめていたが、EUが行ったように直接支払いによる価格低下により飼料用需要を取り込むことができれば、食料自給率はさらに向上できる。さらに、関連産業との連携により、生分解性プラスティックやエタノール原料用の米生産を行うことも可能となる。

もちろん、かつての水田の全てで稲作が行われるのではない。米の価格が低下するので、米と麦、大豆等他作物との収益格差は解消に向かう。これにより、水田の一部が麦、大豆等の他作物への生産にシフトする。すなわち、転作奨励金がなくても水田を活用して需要に見合った米及び他作物の生産が行われることとなる。これからは、生産者はいやいやながら麦や大豆等の転作、捨作りを行うのではない。米と他作物の収益格差の解消又は逆転により、経済合理性により、すなわち、もうかるから麦や大豆を作るようになるのである。

より具体的に現在の生産調整の実態に即して説明しよう。生産調整面積は一貫して増加し今や全水田面積の4割に相当する100万haとなっているが、水田に米以外の作物を作付けた面積は逆に1988年の62万haから2000年では56万haに減少し、転作作物の作付けられた面積割合は75%から58%へと低下している。これは水田の利用率が低下していることを示している。水田総面積270万haのうち42万haが耕作されず放置されているのである。これを稲作の階層別に見ると、1ha未満層は耕作放棄、不作付けでの転作対応が多く他作物の作付け能力を失っていると考えられるのに対し、5ha以上の大規模層では稲作に特化するグループと新たな作物を導入して複合経営を行っているグループが見られる。週末農家ではなく安定した労働力を有し、かつ技術力も高い大規模農家に農地をさらに集積していくと、耕作放棄、不作付け、捨作りが解消され、水田の利用率が向上していくことが期待される。生産調整が廃止され米の単収向上努力への抑制効果がなくなれば、米の作付面積が減少し他作物の作付面積が増加する。また、現在水田裏作は転作奨励金の対象とならず、相対収益性の点で表作に比べ不利に扱われている。生産調整の廃止により相対収益性の是正が図られれば、さらに耕地利用率が高まることが期待される。これらは、いずれも自給率向上に貢献する。

次号では農地政策、WTO農業交渉対応、農政当局自体の改革について私見を述べることとしたい。

2004年8月5日号 『週刊農林』に掲載

2004年9月14日掲載

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