デジタル経済の国際ルール作り 日豪主導し米中巻き込め

渡辺 哲也
副所長

ARMSTRONG, Shiro
客員研究員

新型コロナウイルス禍の中で、デジタルトランスフォーメーション(DX)が世界中で加速し、幅広い分野でオンラインでのサービス提供が広がった。日本でもリモートワークが普及しデータトラフィック(通信量)は急拡大した。同時にデジタル技術を活用したイノベーション(技術革新)の源泉は先進国だけでなく中国や新興国にも広がる。

デジタル化の恩恵を各国の経済成長、生産性向上、市民生活の豊さに結びつけるには、国境を越えた自由なデータ流通の促進や、その前提となるサイバーセキュリティーの確保、個人情報の保護が不可欠だ。

だが米中対立が深刻化する中で、サイバー空間を規律する国際ルールが存在しないことがデジタル経済の分断を加速している。データを自国内に囲い込むデジタル保護主義の動きも広がる。米国が通商分野でリーダーシップを発揮しにくい状況の中で、日本やオーストラリアなどミドルパワーの国々が中心となり、サイバー空間の国際ルール作りへ主導権を発揮すべきだ。

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日本や豪州が連携して、米国のアジア太平洋への関与を確保したうえで、プライバシーの保護を巡り対立する米国と欧州を仲介し、デジタル経済の国際ルールを策定する有志国ネットワークを広げる構想を打ち出すべきだ。こうした取り組みは、通商・経済面での米国のアジア太平洋への再関与を促すツールにもなる。

米国はバイデン政権でも近い将来、環太平洋経済連携協定(TPP)に戻る可能性は低い。他方、バイデン政権はインド太平洋戦略を重視する。有志国と連携してデジタル分野に焦点を絞った高いレベルのルールを設定し、人工知能(AI)やフィンテックなど新興技術が社会にもたらす課題に対応した倫理や規範を策定することにも関心がある。

アジア太平洋地域には日米デジタル貿易協定、豪州・シンガポール間のデジタル経済協定、TPP11の一部であるデジタルルールなど、デジタル貿易に関する2国間、地域間のルールが存在する(表参照)。これらをひな型に加盟国を拡大していくことが現実的だ。

表 デジタル国際ルールへ向けた動き

アジア太平洋のデジタルルールは最終的には、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)やTPP11のデジタルルールを基礎に、AIやフィンテック、ブロックチェーン(分散型台帳)の規範など新しい時代にふさわしい要素を取り入れた「デジタルTPP協定」として構想されるべきだ。

こうした合意はデジタル保護主義をけん制し、「データの時代」の成長センターであるアジア太平洋の経済統合の新しい姿を提示するだろう。デジタルTPP協定はアジア太平洋という地理的空間にとらわれず、欧州連合(EU)とも連携し、データの自由な流通、セキュリティーやプライバシーの保護などサイバー空間での高いレベルの合意を目指す有志国ネットワークとして構想すべきだ。

日本や豪州は最終的には中国の関与を促し、また東南アジアなどのデータ囲い込みを抑制し、自由で開かれた形でデジタル経済の成長を促すルールや規範を作っていかねばならない。

2019年に大阪で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会合で日本が提唱した「信頼性ある自由なデータ流通」(DFFT=Data Free Flow with Trust)構想には米国も中国もEUもコミット(関与)している。最終的には世界貿易機関(WTO)でのデジタル貿易の多国間ルール合意に結びつけていく必要がある。

WTOでは日本、豪州、シンガポールが共同主催国となりデジタル貿易交渉が進められている。米国、中国、EUのほか、アジア、ラテンアメリカ、中東、アフリカなどの新興国を含む90近いWTOメンバーが参加している。デジタル貿易という新しい分野で成果を示せるかどうかは、WTO改革の試金石ともなる。

これまでもアジア太平洋での地域協力を基礎に、より広いグローバルな多国間ルールが作られてきた。コンピューター、半導体、半導体製造装置などの情報通信機器の関税撤廃を実現したWTO情報技術協定(ITA)が、アジア太平洋経済協力会議(APEC)から始まったのが良い例だ。

デジタル時代の通商ルールについてもアジア太平洋のイニシアチブから始め、欧州や東南アジアを巻き込み、中国やインド、中南米、アフリカなどを含む共通ルールへ発展させていく道筋をつけることが重要だ。

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直ちに共通ルールを合意するのが難しい分野もあろう。例えばAI倫理やフィンテック管理など新興技術の規範については、国際的なハードロー(条約などの国際法)を合意するのは容易でない。まず各国の対話と協力を進め、ベストプラクティスを共有し、信頼醸成を進めるのが現実的だ。

データ経済の基盤となるプライバシー保護やサイバーセキュリティー確保については、APECで様々な協力を進めてきた実績がある。こうした多様な協力の場を通じて、政府に加え産業界や専門家の知見も集約しながらベストプラクティスを共有し、各国の規制や基準のインターオペラビリティー(相互運用性)を高めていくことが重要だ。

協力の対象もこれまでの通商協定が十分カバーしていない分野、例えばプライバシーやセキュリティーの保護、デジタル時代の競争政策のあり方など、幅広い課題を扱うべきだ。政府が公共政策上の必要から個人データにアクセスする際の適正手続きの保障や透明性の確保についても各国で議論を深めることが重要だ。

サイバーセキュリティーのリスク軽減については、ブロックチェーンなど新技術による解決策の提供や、異なるプラットフォームの競争促進により解決できることもあろう。多数のユーザーによるネットワーク効果に依存するプラットフォーム市場が競争的で、かつプラットフォーム乗り換えコストが不当に高くない状況下では、ひとたび消費者の信頼を失えば速やかに市場シェアを失うからだ。

どの国のプラットフォームにも、サイバーセキュリティーを高め、透明性の高い利用規約を通じてユーザーのプライバシーを保護する誘因があるはずだ。

米中対立が激しくなる中で、デジタル経済は地政学的断層に沿って分断されようとしている。安全保障上の理由による特別な配慮が必要なケースもあろう。だがわれわれは立ちすくむのではなく、あるべき高い基準を示しつつ、かつ合意された多国間ルールの下で、デジタル保護主義の台頭を抑制する必要がある。米中を含む各国の競争やイノベーションを促進し、グローバルなビジネスリスクを削減していかねばならない。

このためにも日本と豪州が前面に出てミドルパワーの国々をとりまとめ、デジタル時代の国際ルールについて包括的で実行可能な協力の課題を提示すべきだ。

2021年8月9日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2021年8月16日掲載

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