中小企業の競争力 担保・保証人なき金融 模索

植杉 威一郎
ファカルティフェロー

株式や社債を発行できない中小企業は、資金調達の多くを銀行からの借り入れに依存しており、その残高は日本全体で約250兆円に上る。銀行からの資金調達に際しては、担保や個人保証が大きな役割を果たしてきた。担保や個人保証によって借り手企業によるモラルハザード(倫理の欠如)が抑制され、銀行が貸しやすくなるためである。

一方で担保や個人保証には、担保資産を持たない企業の借り入れが難しくなる、個人保証を提供する経営者が倒産で再起不能になる、先代経営者による個人保証を引き受ける後継者が見つからず円滑な事業承継を阻害する、といった負の側面もある。

金融庁や中小企業庁などの政府当局は、担保や個人保証が有する負の面を重く見て、これらに過度に依存しない貸し出しを推進してきた。しかし実際には、多くの銀行貸し出しは引き続き担保や個人保証に依存している。

中小企業実態基本調査をみると、メインバンクに担保を提供する企業の比率は、統計が得られる2005年から11年にかけて51%から40%へと低下する一方で、保証人を提供する企業比率は51%から65%へと上昇した(図参照)。金融庁の金融レポートをみても、地域銀行の新規融資に占める経営者保証に依存しない融資の割合は、16年度平均で13.5%にとどまる。

図:メインバンクから借り入れのある企業における担保や個人保証提供比率の推移
図:メインバンクから借り入れのある企業における担保や個人保証提供比率の推移
(出所)中小企業庁「中小企業実態基本調査」から筆者作成

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担保や個人保証に依存しない中小企業金融が広まるには何が必要だろうか。本稿では、担保や個人保証を求めない貸し出しを大規模に導入した政府系金融機関の取り組み内容を紹介し、筆者が神戸大学の内田浩史教授、大東文化大学の岩木宏道専任講師、早稲田大学の小倉義明教授と行った無担保や無保証人の貸し出しの効果に係る様々な分析結果を示した上で、新しい手法の将来性を議論する。

分析対象である日本政策金融公庫中小企業事業本部(以下「公庫」)は、比較的規模の大きな中小企業に長期の設備資金や運転資金を貸し出す。16年度中に1.6兆円を貸し出し、6兆円弱の残高を有し、地銀上位行と同程度の規模である。公庫も以前は有担保や有保証人の貸し出しのみを提供していたが、04年度以降徐々に無担保や無保証人の貸し出しを導入した。

その後しばらくは利用が進まなかったが、無担保貸し出しは貸出額の上限を大幅に引き上げた08年8月以降に、無保証人貸し出しは経営者保証ガイドラインの適用開始に伴い制度を変更した14年2月前後から、それぞれ利用額や件数が急増した。無担保貸し出しは11年度に有担保を件数で上回り、無保証人貸し出しは14年度に貸出総額の3分の1強を占めるに至った。16年度以降は更なる制度変更により、ほぼ全てが無保証人貸し出しとなっている。

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公庫による貸出制度の第1の特徴は、従来の有担保・有保証人貸し出しに加えて、無担保や無保証人の貸し出しという選択肢を用意し、公庫が貸せると判断した企業に選ばせている点にある。この措置により、担保になるような不動産を持たず金融機関から借り入れられない企業は、資金調達がしやすくなる。実際、公庫から借り入れる企業の有形固定資産比率は、制度が導入された08年以降低下しており、担保資産の少ない企業が新たに公庫を利用するようになったことが分かる。

無担保貸し出しという新たな選択肢の提供は、企業の投資行動にも影響する。制度導入後に公庫から設備資金を借り入れた企業ではそれ以前に比べて、土地や建物など担保になる資産ではなく、機械などの資産を購入する比率が高まった。これは無担保での資金調達が可能となり、銀行借り入れのために担保になりやすい資産を購入する必要性が薄れたことを示唆している。いずれも、無担保貸し出し導入の正の効果である。

もっとも、他の条件が全く同じで担保や個人保証の有無が異なるだけでは、全ての企業が無担保・無保証人貸し出しを選んでしまう。貸出制度の第2の特徴は、金利などそれ以外の条件を変えることで、属性の違う企業が異なる種類の貸し出しを選ぶ点にある。公庫は、無担保貸し出しには有担保よりも高い支払金利を求めており、企業は「無担保、高金利」と「有担保、低金利」という選択肢から貸し出し種類を選ぶ。

この場合、信用リスクが高い企業ほど高い金利を払ってでも無担保貸し出しを選ぶ一方、倒産する可能性が低い企業は有担保で低金利の貸し出しを選ぶ傾向がみられた。この結果、有担保から無担保貸し出しに変更した企業では、倒産しても保有資産に抵当権を行使される心配がないため、モラルハザードを起こす可能性が出てくる。実際、これらの企業では無担保に変更するとパフォーマンスが悪化した。これは、無担保貸し出し導入の負の効果といえる。

一方、公庫の14年2月以前の無保証人貸し出しでは、金利が有保証人よりも高いだけでなく、債務超過などになると繰り上げ償還が求められるコベナンツ(財務制限条項)が付いていた。貸し出し条件の違いが金利だけであれば、無担保貸し出しと同様に質の低い企業が無保証人貸し出しに集まったはずだが、実際にはコベナンツが存在していたためか、質が高く債務超過に陥る可能性の低い企業が無保証人貸し出しを利用して、その後のパフォーマンスも良好であった。

それ以降16年3月までは、コベナンツ違反のペナルティーは軽くなったが、最も質の高い企業では無保証人と有保証人の貸し出しの金利が等しくなったため、特にこれらの企業で無保証人貸し出しを利用する傾向が強まった。なお、16年度以降の無保証人貸し出しにはコベナンツは付されていない。

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これらの結果を踏まえ、担保や個人保証を求めない中小企業向けの貸し出しを広めるには何が必要だろうか。

第1に、プラスの効果が大きい先に、重点的に無担保貸し出しを提供することが考えられる。担保を求めない貸し出しには、有形固定資産を持たない企業への貸し出しを増やしたり、担保資産以外への投資を促進したりする効果があることが分かった。不動産を所有していない若い企業や、研究開発やソフトウエアなどの無形資産への投資需要の大きな企業に重点的に提供することで、プラスの効果を大きくすることができる。

第2に、コベナンツの機能に注目し、どのような内容だと無担保・無保証人貸し出しを利用する企業の属性や事後パフォーマンスに良い影響を及ぼすかを更に検証することが考えられる。無担保貸し出しに転換した企業のパフォーマンスが悪化した一方で、無保証人貸し出しを利用した企業の事後パフォーマンスが良かったのは、無保証人貸し出しに付いていたコベナンツが借り手企業の行動に良い影響をもたらした可能性がある。コベナンツの順守を監視するコストも考慮しながら、担保や個人保証の機能をコベナンツが代替できるのかを検討することには意義がある。

担保や個人保証は、長きにわたって中小企業の資金調達を円滑にするために機能してきた。しかしながら、中小企業金融でより効率的な資金の流れをつくるためにも、コベナンツの効果に関する検討も含めて、担保や個人保証に依存しない仕組みを考えることの意義は大きいと思われる。

2018年3月5日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2018年3月16日掲載

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