再考・中小企業政策 緊急措置・平常対応 分けよ

植杉 威一郎
ファカルティフェロー

「中小企業は日本経済を支える重要な存在であり、政策的に支援すべき対象である」。日本ではこうした見方から、中小企業への様々な金融支援策が講じられてきた。2009年12月に当時の金融担当相の主導で金融円滑化法が施行されたことは、その典型例だ。

本稿ではまず円滑化法を含む金融面での施策の効果に関する分析結果を紹介する。そのうえで、危機時の施策が平常時まで継続して実施される中で、中小企業間の資金再配分機能の低下が生じている点や、需要不足を主因に全く借り入れをしない中小企業が増えている点を、政策当局が直面する課題として指摘する。

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日本では、不良債権問題が深刻化した1997年以降とリーマンーショックが起きた08年秋以降の2回にわたり、深刻な景気後退や金融機関の貸し出し態度の厳格化を伴う危機が発生した。これらの危機に対応するため、大別して政府は3つの緊急措置を講じた。効果はどうだったのか。

第1に、中小企業向け政府系金融機関が、民間金融機関による貸し渋りの緩和などを目的に、セーフティーネット(安全網)貸し付けなどの制度を創設・拡充した。中央大学の根本忠宣教授が座長となり筆者も参加する研究プロジェクトでは、日本政策金融公庫中小企業事業本部のデータを利用し、制度の効果を定量的に把握した。公庫による貸し出しが、90年代後半や00年代後半における民間金融機関貸し出しの減少を代替したことを見いだした。

第2に、政府による信用保証で、平常時より審査基準を緩めたり保証料率を低めたりした、特別保証と緊急保証という信用保証枠30兆円以上の大規模プログラムが導入された。信用保証利用の有無を含む企業レベルデータを利用した筆者らの研究によると、いずれも利用企業の資金調達にプラスの効果をもたらした。

第3に、09年12月から13年3月まで中小企業金融円滑化法が施行され、金融機関が中小企業向け貸出債権の条件変更などをする努力義務が定められた。企業と金融機関の間で自主的に交渉されるべき契約条件の変更を政府が促す異例の措置であり、効果の有無が注目された。期間中に400万件を超える中小企業向け貸出債権について、返済期間の延長などの条件変更がなされた。金融庁などは30万~40万の企業が条件変更の対象となったと推計していた。

条件変更企業の動向を探るため、筆者らが調査票を設計し、経済産業研究所が昨年10月に企業向けアンケート調査を実施した。企業に条件変更経験の有無などを尋ねる設問を盛り込み、約6000社から回答を得た。これをみると、金融円滑化法施行に伴う心理的な効果と、条件変更に伴う資金繰りの改善効果が生じていた。回答企業の約1割が法施行以降に金融機関に対し資金繰りの相談をすることへの抵抗感が弱まったと回答しただけでなく、法施行以降に条件変更を受けた企業の半数以上が「条件変更がなければ資金繰りに窮して倒産、廃業していた」と回答した(図参照)。

図:条件変更が認められなかった場合に想定された状況
(条件変更を受けた企業による回答)
図:条件変更が認められなかった場合に想定された状況
(出所)植杉、深沼ほか(2015)

さらに事後的な業況感の変化をみると、条件変更を受けた企業における業況感の改善度合いは、条件変更の必要を感じなかった企業における改善度合いと遜色がない。

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これまでの分析結果をみる限り、中小企業に対する金融支援策は企業の資金繰りを改善する効果を有している。しかしながら、重要な問題は、緊急措置として講じられたはずの様々な施策の影響が平常時にも及んでいる点てある。

第1に、緊急措置により長期の資金が供給される傾向が強まっている。例えば、特別保証の際には7年であった保証契約の最長期間が、緊急保証では10年に延びている。設備投資向け貸し出しなど回収に長期間を要する案件への与信はともかく、運転資金向け貸し出しの場合には、危機が過ぎて借り入れが不要になったものも多いと思われる。

第2に、緊急時に導入されたものとほぼ同等の措置が、危機後にも提供されている。例えば、円滑化法が終了した13年3月末以降においても、貸し付け条件の変更や円滑な資金供給に努めることが金融検査マニュアルに明記され、金融業界も貸し付け条件の変更などに真摯に対応していく旨を申し合わせている。

緊急時における緩和的な資金繰り支援措置が平常時にも講じられる中で、中小企業の資金配分のあり方に関する2つの変化を指摘することができる。1つは、金融機関による中小企業間の資金再配分機能が低下している点である。

ここで、京都産業大学の坂井功治准教授と筆者による研究を紹介する。80年以降の法人企業統計季報個票データを使い、借り入れを増やした企業と減らした企業を分けたうえで、それぞれの増加幅と減少幅の大きさを集計し、ネット(純額)の借り入れ変化の背後で起きている企業間の資金再配分の程度を検証した。

企業全体の借り入れが変わらなくとも、大幅に借り入れを増やしている企業と減らしている企業がある場合には、企業間の資金再配分の程度は大きくなる。資金再配分の程度を企業規模別にみると、中小企業の場合は80年代に比べて90年代と00年代には大きく低下しているうえ、大企業の場合を下回っている。近年の中小企業では、同じ企業が借り入れを継続する傾向が大企業に比べても強くなっており、資金再配分機能が低下している。この背景には、借り入れを継続することに寛容な近年の中小企業向け金融支援策があると推測できる。

もう1つは、金融機関から全く借り入れを受けない企業が増えている点である。法人企業統計年報を用いた日本大学の鶴田大輔教授の研究によると、01年から09年の間にこうした企業の比率が27%から38%に高まり、特に従業員20人以下の企業では4割を超えている。これらの企業では、現預金比率やキャッシュフローが高く成長率が低い傾向にあることから、外部資金に対する需要が小さいため、借り入れを受けない傾向が強いと考えられる。長期の借り入れや借り入れ継続を支援する施策が講じられているにもかかわらず、借り手の需要を喚起できていないことが分かる。

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以上を踏まえると、中小企業への金融支援策にはどのような改善策があるだろうか。

まず、危機に対応するための緊急措置と平常時における支援策の区別を明確にすることが挙げられる。緊急時の措置として重要なのは、企業が急激な景気後退を乗り切るための流動性の供給であり、期間2~3年の運転資金貸し出しである。長期にわたる貸し出しを含む平常時の支援策とは明確に内容を変えることにより、緊急時の措置が平常時の資金配分の効率性に影響を及ぼす事態を避けられる。

次に、新たな資金需要を喚起する措置に政策の焦点を当てることも重要である。国内の人口減少に直面し、海外進出にも制約が多い中小企業にとっては、資金需要拡大の余地が限られているのは確かである。しかしながら、不動産を持たない企業への無担保貸し出し、条件変更をした企業への経営改善支援、既存金融機関とのリレーションシップ(長期にわたる関係)が確立していない企業への重点的な支援など、新たな資金需要創出を促すための取り組みは、中小企業への金融支援策としても可能であると思われる。

2015年7月1日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2015年7月1日掲載