中小企業金融―日本の特徴と問題点
低金利の貸し出しに集中

植杉 威一郎
上席研究員

渡部 和孝
慶應義塾大学准教授

金融危機後、中小企業の業況は非常に厳しくなった一方で、金融機関と企業の関係は比較的安定している。だが、日本の中小企業金融には、以前から、効率的な資金供給のための取り組みが遅れていたという問題がある。本稿ではここに焦点を当てる。同時に、経営破綻した日本振興銀行などが目指していた「ミドルリスク」層の貸出先開拓が、どのような点で難しいのかについても触れてみたい。

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今回の景気後退は深刻で、売り上げ減少に伴い企業の資金繰りも厳しかった。しかし、金融機関自身の貸し出し姿勢はそれほど落ち込みを示していなかった。特に、貸し出し姿勢が急速に厳格になった米国や欧州における同様の指標と比較すると、悪化の程度は限られた。

経済産業研究所が2009年2月に行った企業向けアンケート調査でも、金融危機後に態度を一変させた金融機関があったと回答した企業の割合は、メガバンクと短期間取引をしていた場合を中心に1割強にとどまっている。中小企業向け貸出残高を見ても、信用金庫・信用組合、地方銀行・第二地銀では、08年末や09年上半期に増加に転じていた。一部の事例を除き、不良債権の累積や投資有価証券の損失といった金融機関側の問題による信用収縮が起きていた可能性は低い。

米国や欧州の金融機関に比して損失が小さかったことや、政府による関与の効果もあり、日本の金融機関は、企業に対して安定的に資金供給するという一定の役割を果たしたといえる。ただし、その資金供給が効率的だったかどうかは、別問題である。

2000年代、不良債権処理を進める過程と並行して、中小企業に対する効率的な資金供給を目指して、様々な取り組みが金融機関や政府によって進められてきた。その中でも最も重要なものは「リレーションシップバンキング」の推進であろう。金融機関にとって、信頼性の高い財務情報を持たない中小企業に貸し出す際には、経営者の資質や事業の将来性に関する定量化しにくい情報(ソフト情報)が重要な役割を果たす。ソフト情報は、金融機関と企業の長期にわたる緊密な関係を通じて得られるものであり、これを活用するのがリレーションシップバンキングである。

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それでは、実際に企業に関するソフト情報が金融機関に蓄積され、貸し出しをはじめとする取引に有効活用されているのだろうか。

まず、日本の金融機関は、他国に比しても貸出先企業との取引年数が長く、ソフト情報を入手しやすい立場にある。問題は、金融機関がソフト情報を生かした貸し出しをしているか、そうした活動が、個別事例のレベルではなく金融機関全体の行動に反映されるような大きな動きになっているかという点である。

現時点では、必ずしもそうではなさそうである。本来、個々の企業の信用リスクをソフト情報で吟味した貸し出しをしているならば、その企業の信用リスクに応じた様々な金利で貸し出すはずである。ところが実際には、日本の金融機関は低金利の貸し出しにばかり偏っている。

国内銀行の貸出約定平均金利(残高ベース)の推移を見ると、その水準は2000年代を通じて低いままで、かつ、分散も低位で安定している。さらに、金利水準別の貸出額シェアを見ると、3%以上5%未満という比較的高い金利で貸し出されている債権の比率が低下を続け、2000年末に14%を占めていたのが09年末には7%になっている。これより高い金利5%以上の貸出債権の比率は、2000年末でも1.6%とわずかであったが、09年末は1.0%とさらに低下している。

国内銀行の貸出約定平均金利(残高ベース)
国内銀行の貸出約定平均金利

国内銀行の貸出金には大企業や消費者向けも含まれ、中小企業向けのみではないことに留意が必要だが、この5%以上という金利は、日本振興銀行など、2000年代に中小企業向け貸出市場に新規参入した金融機関が、無担保で貸し出す際に設定していた金利に近い。

これらの金融機関がミドルリスク貸出市場として想定していた市場が、全体のごく一部にすぎないのか、それとも、比較的信用リスクの高い企業に対して既存の金融機関が低い貸出金利を適用しているのかはわからない。いずれにせよ、担保を提供せずに借り入れる企業の比率がここ数年で10%ポイント近く増加していることも踏まえると、現在の金融機関同士の競争環境や、企業の低収益率の下では、無担保でも5%以上の金利で貸出先を見つけるのは容易なことではなかったと推察される。

貸出金利の分散が低いままで、比較的高い金利の貸出比率が低下しているという事実は、ソフト情報が金融機関の手元にあっても、与信判断や金利に反映されない状態が続いていることを示唆する。オランダ・ティルブルグ大学のハンス・デグリス教授らによる09年の研究によれば、金融機関が、経営状態について十分な情報開示がされていない中小企業を対象として与信判断や金利設定をすれば、貸出担当者の裁量の余地が大きくなり、金利のばらつきが大きくなるはずだからである。

財務以外の定量化しにくいソフト情報を活用した貸し出しには何が必要か。この点を考えるには、外国の金融機関における貸し出しデータを用いた実証分析が参考になる。

アルゼンチンを題材にしたティルブルグ大学のホセ・リベルティ准教授らによる09年の研究は、銀行の現場の貸出担当者と本部との距離が、与信判断におけるソフト情報の活用の程度に影響することを示した。金融機関内の組織がフラットで現場と本部の距離が近い場合には、ソフト情報が与信判断に活用される。一方、現場と本部の距離が遠いと、現場でソフト情報を集めるインセンティブ(誘因)が低下し情報に誤差が発生するため、財務情報に基づいた与信判断が行われる傾向が生じる。現場への権限委譲がソフト情報の活用には有用であることを示唆している。

日本にこの知見を当てはめる場合には、現場である支店への権限委譲がもたらすメリットを生かしつつ、デメリットを小さくする仕組みを考える必要がある。

現在の日本の金融機関では、本店審査部で決定される貸し出し案件比率が高い。経済産業研究所が主に信用金庫から回答を得たアンケート調査結果によると、中小企業向け貸し出し案件で本部決裁となる比率が金額ベースで6割以上という金融機関が約4分の3を占めている。そのためか、ソフト情報は、貸し出し案件の稟議書起案や内部信用格付けの変更には活用されるが、金利設定には使われない場合が多い。支店への権限委譲を今まで以上に行うことで、ソフト情報を有効に活用した貸し出しが行われると期待される。

ただ、留意する必要があるのは、貸出担当者の評価基準を新規貸出件数など量的なものに置いている金融機関では、権限委譲をしても担当者がソフト情報を顧みず貸出件数や金額の拡大競争に走る可能性がある点だ。このデメリットを小さくするには、貸出担当者の評価基準に収益性の観点を導入すること、担当者変更後間もなく貸出先に問題が表れた場合に、それを前任者の評価に反映する仕組みを作ることなどが考えられる。

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金融機関の審査体制改善とともに、効率的な資金供給を実現するには、政府が貸出市場で講じる措置の効果を吟味する必要がある。危機においては、円滑な資金供給が重要であり、その資金が将来にわたって高い収益を生む用途に使われているかという点には大きな関心は払われてこなかった。政府の施策も、緊急保証など資金繰りを円滑にすることが主目的であった。

しかしながら、これら施策により効率的な資金供給が実現したか否かを検証することは、中長期的な制度設計にとっても重要である。現在の緊急保証と同程度の規模で10年前に講じられた特別保証の効果を検証した植杉らによる2010年の研究によれば、制度利用企業の資金繰りは改善するが、事後的なパフォーマンスは、自己資本比率の高い企業を除いて必ずしも改善しないとの結果を得ている。

政府の関与は、自らのリスクで貸し出しを行う金融機関の行動にも大きな影響を及ぼす。金融危機に際して導入された時限措置が終了した後に、誰がどのような形で効率的な資金供給を行うかについて、議論しておくことが望まれる。

2010年9月14日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2010年9月28日掲載