中小企業、顧客数増加でも収益拡大せず 「つながり力」の向上不可欠

植杉 威一郎
コンサルティングフェロー

景気後退で中小企業の景況感が厳しさを増している。原材料価格の高騰や需要低迷で収益が圧迫され、金融機関の貸し出し態度が厳しくなり資金調達に苦しむ企業が増えている。だがより深刻なのは、短期的な景況悪化を超え、10年、20年単位の大きな問題が中小企業に起きている点だ。

第1に企業数の減少が止まらない。総務省「事業所・企業統計」によれば、1996年で509万社あった中小企業は、2006年には420万社と89万社も減少した。質の低い企業が退出し質の高い企業が残るのなら経済全体の効率性は改善するが、現実には、質の高い企業が自主廃業や海外移転によって退出する傾向にある。

第2に、中小企業全体の労働生産性が大企業に比べて伸び悩んでいる。財務省「法人企業統計」で、1人当たりの粗付加価値額を大企業と比較すると、85年に2.2倍であった両者の差は、05年度には2.8倍に拡大した。

日本の中小企業は長期的に退潮傾向にあるのか。これを防ぐ方策はあるか。筆者の研究成果や執筆に携わった07年版中小企業白書に基づき、「つながり力」というキーワードをもとに議論したい。

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「つながり力」とは聞き慣れないが、自立した経済主体同士の連携が新たな付加価値を生むという意味で、今年6月の政府の「経済財政改革の基本方針(骨太の方針)」にも盛り込まれた言葉だ。企業をはじめとする個々の経済主体にとり、誰とどのように関係するかは非常に重要な問題だ。販売先・仕入れ先の企業がいなければ製品を作ることも売ることもできないし、取引先の金融機関がいなければ必要な資金の調達もままならない。特に、自前の経営資源に限りがある中小企業では、大企業に比べても他との関係に依存する程度が強く、つながり力が大きな意味を持つ。

こうした事情もあり、経済学では企業と他の経済主体とのつながりに大きな関心を払ってきた。自動車産業などの製造業では、部品などを供給する製造企業が組み立てメーカーとどんな関係を築いてきたかに研究者の注目が集まった。企業金融でも、金融機関が企業との長期的な関係から得られる情報に基づいて貸し出しなどを行うリレーションシップバンキング(地域密着型金融)という概念が脚光を浴び、理論的・実証的な研究が数多く行われてきた。

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中小企業と大企業の関係、金融機関と中小企業の間のリレーションシップが正常に機能していれば問題ないが、現実はそうなっておらず、つながり力の不足が示唆される。

第1に、企業間の取引関係に注目してみよう。企業の販売先数、仕入れ先数は近年増加傾向にあるが、取引先数と売上高伸び率との関係を調べてみると、取引先数の増加は必ずしも企業パフォーマンスの向上に結びついていない。

近年、企業間の取引関係が固定的・安定的ではなく多様化しているといわれる。自動車産業などでも、部品製造企業の納入先は1つに限られなくなっている。メーカー約2000社の回答を集計した中小企業白書でも、最近10年間で仕入れ先・販売先企業数が増えたとする企業が、減少したとする企業を大きく上回った。

問題は販売先企業数を増やせば企業のパフォーマンスは良くなるのかという点だ。筆者と齊藤有希子・富士通総研上席研究員は、日本企業約80万社の仕入れ先・販売先企業が特定できる東京商工リサーチのデータベースから各企業の仕入れ先企業数、販売先企業数を算出。企業規模などを勘案した上で、販売先企業数が多い企業の売上高伸び率が高くなっているかどうか調べた。

売上高伸び率と販売先企業数の関係 (▲はマイナス)


全産業 建設業 製造業 運輸業 卸売業 小売業 サービス業
販売先企業数が10%増えた場合の売上高伸び率の変化幅(%) 上限 0.31 0.60 0.28 0.25 0.51 0.44 0.50
下限 ▲0.01 ▲0.53 ▲0.69 ▲1.05 ▲0.19 ▲0.28 ▲1.28
売上高伸び率が高まる1社あたり販売先企業数の上限(社) 2321 72 9 4 9

上表を見ると販売先企業数が増えると概して売上高伸び率が高まっている。ただし販売先数がある水準に達すると売上高の伸長は止まり、それ以上増えると逆に企業成長を押し下げる業種もある。特に製造、運輸、サービス業では、売上高増加につながる販売先企業数の上限が4-9社程度とかなり小さい。これらの産業では、販売先を増やす行為が企業成長を阻害しやすい。企業間のつながりに中身が伴わない場合があるわけだ。

第2に、企業と金融機関の関係はどうか。中小企業1社当たりの取引金融機関数は増えているが、両者の関係には内実が伴っていない。

近年、中小企業では、安定的に資金を調達するために、多くの金融機関と同時に取引する傾向が見られる。07年中小企業白書によると、中小企業約1500社の取引金融機関の数は06年時点で5年前の01年に比べ1.5行増加している。信用金庫などで数多くの合併が進み、金融機関が減少する中でも取引金融機関数は増加している。

ただ、多くの金融機関とのつながりが築かれた半面、企業と金融機関のリレーションシップを反映した貸し出しが行われているわけではない。

例えば内田浩史・和歌山大学准教授によると、金融機関との取引期間が長くても、中小企業は借り入れがしやすくなったり、借入金利が低下したりするという意味での恩恵にはあずかれない場合が多いという。最近頻繁に報道されている貸し渋りも、これまでのリレーションシップが有効に機能していない結果と理解することができよう。また筆者の分析によれば、信用保証協会による信用保証の提供には、深刻な貸し渋りに直面していた中小企業の資金繰りを助ける上で一定の効果があった。公的な関与が効果を持つこと自体が、企業と金融機関の間におけるつながり力の不足を意味している(いずれの研究とも、渡辺努・植杉威一郎編著 『検証 中小企業金融』 、08年9月所収)。

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つながり力は、経営資源に限りのある中小企業の今後を左右する。それだけに、つながりの質を高める企業側の努力は不可欠だ。この点で海外、特にドイツの輸出型製造業中堅企業(Mittelstand)の取り組みが参考になる。売上高は数百億円程度で知名度は低いが、それぞれの分野で世界トップレベルのシェアを持つこれらの中堅企業は、代理店経由ではなく顧客との直接のネットワークを築き、潜在需要を素早く製品に反映させる点に特徴がある。

一般の中小企業でも、質の高いつながりを作る余地は大いにある。産地における同業者間で共同受注ネットワークを形成し、分業体制を確立することで、先端的な産業との取引関係が生まれた例が存在する。不足しがちなマーケティング人材を長期的な観点で育成することも、有望な販路開拓の上で重要だ。中小企業の幹部社員は中途採用が多く、業況の厳しい今こそ有望な人材を採用できる。

施策としては、新たな関係を円滑に築いたり役に立たない関係を素早くやめたりできるよう、情報の非対称性や取引費用を小さくすることが有効だ。01年に設立され、数百万件の企業財務データを集めた上で中小企業の信用リスク情報を金融機関に提供するCRD(Credit Risk Database)は、金融機関と中小企業の取引に要する費用を節約する効果をもたらした。現在、経済産業省などで、中小企業の信用リスク情報のみならず、その技術的な成長可能性についても観察可能な情報に基づいて評価する試みが進んでいる。様々なハードルはあるが、実現すれば金融機関と企業の新たなつながりを生み出す原動力となろう。

企業など様々な経済主体間におけるつながり力の実態を詳しく把握・分析することも必要だろう。過去と比べ現在の企業間関係はどんな点で問題があるのか、大手企業の海外移転や倒産など急激な環境変化が起きるとつながり力がどう変化するのかなど、データの活用で明らかにできる課題は数多い。今年10月から、 渡辺努 ・一橋大学教授を代表者として、持続的成長を可能性にする産業・金融ネットワークのあり方を実証するプロジェクトが始まった。今後、経済主体間の多様な関係にかかわるデータを整備した上で、つながり力と経済活動のあり方に関する新たな知見が出されることが期待される。

2008年12月9日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年12月12日掲載