中小企業金融におけるABLの可能性

植杉 威一郎
コンサルティングフェロー

ABLは、売掛金や在庫などの担保を頻繁にモニタリングし、一時的な業績悪化時や事業拡張時の資金供給を可能にする。中小企業と金融機関の関係が希薄化し、不況期の資金繰りが難しくなる中で、その積極的な利用が期待される。信用保証制度の適用よりもモニタリングに係る固定費の引き下げにより、より多くの中小企業が利用できることが望ましい。

はじめに

バブル崩壊後の不良債権問題も一段落し、日本の金融機関は将来のビジネスモデルを一生懸命探している。中でも有力な収益源として、中小企業向け金融が注目を集め、様々な試みが行われている。これらの1つがABL(アセット・ベースト・レンディング)である。

日本では、ABLは政府系金融機関による取り組みを端緒として、民間部門が単独でも実施を始めたところであり、本格的な普及にはまだまだ時間を要する。しかし、ABL普及に向けた官民の取り組みには目覚ましいものがある。

例えば、経済産業省は、2005年9月にABL研究会を設置して6回にわたって議論を行った。特筆すべきは、研究会での議論をまとめた報告書だけでなく、ABLを実際にどのように運用すべきかについての具体的な方策をまとめたテキストが同時に公表された点である。それも、金融機関などの実務家向け、ABLの利用者を含めた一般向けの二本立てという念の入れようである。ABLが普及している米国では、一般向けのABL啓蒙書が、業界団体の肝いりで著名な学者によって書かれている(Gregory F. Udell, 2004, "Asset Based Finance", Commercial Finance Association)。日本では、これに匹敵するものを政府が公表しているところに、「いかにABLを普及させるか」にかける関係者の意気込みがうかがえる。

一方、ABLを実行するに当たっての大前提である「なぜABLを普及させる必要があるのか」という点については、それほどの力点が置かれていない。不良債権の減少と景気回復に伴い、中小企業に対する貸し渋りは以前より少なくなった。とは言え、中小企業金融には様々な課題が残っている。これらを解決する上で、ABLは有効なのだろうか。

本稿では、ABLの特徴と利用の現状を説明した後、筆者が執筆に携わった07年版中小企業白書の内容も踏まえて、この「なぜ」を議論したい。

担保価値の見極めに重点を置くABL

ABLは、これまでの中小企業金融で主流であった不動産担保を用いた貸付とは2つの点で異なっている。

第1に、土地や建物といった不動産ではなく、むしろ、売掛金や在庫、機械設備といった資産を担保にした貸付という点である。中小企業庁による調査を再集計した表1を見ると、担保貸付を行う場合、不動産が95%以上の割合で担保として提供されていた。売掛金や機械が利用されることは、企業の信用リスク度合いを問わず非常に少なかった。

表1 担保の提供状況

しかしながら、バブル崩壊後、近年まで不動産価格は下落を続け、その価値に依存して行われた貸付の多くが不良債権化したのは記憶に新しい。また、設立後間もない新興企業が担保となる不動産を持たないために、金融機関からの貸付を受けられないといった事態も問題視されてきた。こうした中で、ABLは、不動産以外の資産を担保として扱う点で新規性がある。

第2に、貸付先企業全体の信用リスクよりも、企業が持っている売掛金や在庫自体の価値に重きを置く点である。これまでの不動産担保を用いた貸付においても、不動産の価値がどの程度のものか、その価値が今後上昇するかが、与信判断に影響していた。しかし、こうした貸付では、負債比率、インタレストカバレッジ、利益率などを見た上で、企業がキャッシュフローを生み続け、存続し続けるかが最終的な与信判断の基準であった。企業全体の信用リスクが最も重要視されていたのである。

これに対して、ABLでは、企業の存続可能性よりも、担保となる資産自体の価値が、与信判断の基準となる。ABLの実行に当たっては、売掛金は期限通りに回収できるのか、倉庫にある在庫にはどの程度の市場価値があるのか、という事前のチェックが必須である。

もちろん、売掛金や在庫の価値は、企業が生み出すものであり、担保となる資産の価値と企業の存続可能性は密接に結びついている。しかし、ABLを実施する機関では、担保価値を最終的な拠りどころとしている。「我々は、担保価値を十分な労力をかけて頻繁に評価する。だから、貸付先企業のいずれについても、デフォルトして良いという前提で貸付を行っているのだ」と言い切る米国のファイナンスカンパニーも存在する。

まだまだ低いABLへの認知度

07年の中小企業白書では、昨年10月の段階で、ABLの利用度・認知度を中小企業約7500社に尋ねた結果を、図1のように載せている。すると、現在「利用している」と答えた企業の比率は1.7%に過ぎず、「今後利用したい」とする企業を合わせても1割にとどまっている。一方で、ABLを「知らない」とする企業の比率は3割に上る。特に、従業員20人以下の小規模企業においては、「知らない」とする企業の比率が半数近くに及んでいる。関心・認知度の高まりはまだまだこれからということだろう。

図1 ABLの利用度・認知度

しかし、現時点での認知度は低いものの、ABLは今後の中小企業金融にとって重要な存在になり得る。すなわち、不況期における資金繰り、金融機関と企業との関係の希薄化など、現在の中小企業を取り巻く課題を解決する上で、ABLが役に立つ可能性がある。一方で、中小企業でも、資金繰りが最も厳しい立場に置かれている小規模企業の多くが、ABLの対象とはならない懸念がある。以下では、期待できる点、懸念される点を順番に見る。

希薄化する金融機関と中小企業の関係の歯止めとなる可能性

バブル期に不動産担保に過度に依存した貸付を行った金融機関は、「企業自身の事業価値を見る努力を怠ったために、企業との密接な関係を失った」と批判されることが多い。金融庁も、担保や保証人に過度に依存した従来の金融機関の貸付姿勢を改善すべく、リレーションシップバンキングのアクションプログラム、地域密着型金融のアクションプログラムを公表し、彼らの努力を促している。

ところが、こうした努力にもかかわらず、金融機関と中小企業との関係は、バブル期、バブル後と比較しても希薄になっている。図2は、07年の中小企業白書において、金融機関の融資担当者と企業の接触頻度が、10年前に比してどう変化したかを示したものである。接触が頻繁であるほど、外見だけでは分からない企業に関する情報が金融機関に伝わり、お互いの関係が深まると言える。結果は、「現在よりも10年前の方が金融機関と接触する頻度が多い」と答える企業が3割に上り、「現在の方が頻度が多い」とする企業の比率が1割強であるのを上回っている。10年前の方が金融機関との関係が密接だったという声は、特に、小規模企業において強い。希薄化の背景は様々だが、資金の確保を確実にするために多くの金融機関と取引を始める借り手企業側の要因、リストラで担当者を十分に配置することのできない金融機関側の要因の双方が働いていると考えられる。クレジットスコアリングモデルを活用した無担保・無第三者保証のいわゆるクイックローンもこうした傾向に拍車をかけているのだろう。

図2 10年前と比較したメインバンクとの接触頻度

ともかく、企業と金融機関の結びつきが弱くなると、金融機関との取引満足度にも影響する。小規模企業では、他の規模の企業よりも接触頻度の低下を指摘する声が多いが、満足度についても規模の大きな企業に比して低い。加えて、「いざ」というときに金融機関が企業の資金繰りを支援しない可能性も高くなる。今は、景気が全体としては回復傾向にあるため、大手都銀も含めて貸付態度が緩く、以前からの取引先でも新規先でも積極的に貸付を行う姿勢だ。そのため、企業と金融機関の結びつきが弱くなっていることの悪影響が目立たない。しかしながら、一旦景気が下降局面に入ると、他と比して財務体質の悪い企業が、大手都銀をはじめとする金融機関から取引を打ち切られるケースも多く出てくると考えられる。

ABLの導入は、希薄化が進む金融機関と中小企業の関係の歯止めとなる可能性がある。担保価値の綿密なモニタリングがABLの特徴だが、モニタリングに伴って金融機関と企業は頻繁に接触する。例えば、米国では、ABLを実行した後も、最低年数回は、appraiserと呼ばれる者が企業とコンタクトして実地に資産状況を把握する。この頻度は、貸付先企業の信用リスクの高まりに応じ、月1回、週1回、毎日になると言われている。また、売掛金の方が、在庫よりも頻繁にモニタリングされる。資産状況の把握を通じて、売掛金や在庫といった資産の価値だけでなく、取引先がどの程度期日通りに売掛金を払っているかなど、企業経営自身に影響する様々な情報を入手することができる。

また、ABLの対象は、自己資本比率が低い企業が多い。業績が悪化する、事業の拡張によってレバレッジが高くなるなどの理由から、通常の貸付が認められずに金融機関との関係を打ち切られてしまう企業が、ABLによって新たな資金調達先を見つける場合も出てくる。

このように、自己資本比率などの財務指標が悪化して既存の借入が難しくなった企業でも、金融機関への頻繁な情報提供を通じて、ABLで円滑な資金調達を行うことができる。これは、金融機関と中小企業の関係が全般的に希薄化する状況下で、ABLのもたらす大きなメリットと考えられる。

小規模企業がABLの対象とならない可能性

しかしながら、ABLは、不況期の中小企業、もしくは何らかの理由で通常貸付の対象外となった全ての中小企業にとっての資金調達の万能薬とはならない。通常貸付以外の手立てを最も必要とするはずの小規模企業の多くは、ABLには小さすぎる可能性があるのだ。ABLを実行する際の担保価値のモニタリングは労働集約的であり、人件費をはじめとする固定費用がかかる。そのため、少額貸付では人件費を賄うだけの収入をABLによって得ることができないと考えられる。米国でも、商業銀行によるABLが対象とする中小企業の規模は、通常の貸付が対象とする中小企業よりも規模が大きい。筆者が聴取したいくつかの金融機関においては、年商1000万ドル(約12億円)、貸付額200万ドル(約2億4000万円)がおおよそのABLの対象の下限と回答している。

仮に、同じようなABLの対象の下限が設定されたとすると、日本では、どの程度の割合の中小企業が、ABLの対象外となるのだろうか。CRD(Credit Risk Database)に含まれる34万社の中小企業のデータを用いると、借入金残高が2億5000万円以下の企業の比率はおよそ8割である(この数字は、副島豊、2007、「与信ポートフォリオ管理と大口与信集中リスク」、CRD第8回情報交換会発表資料に基づく)。CRDには、個人事業者よりも規模の大きい法人のデータが多く蓄積されている。この借入金は長期・短期両方を含んでおり、この借入金を全てABLで賄うとは考えにくい。こうした点を考慮すると、米国と同様の貸付下限が存在する場合には、ABLの対象外となる中小企業の比率はさらに高まると見込まれる。

もちろん、ABLを実行する際に金融機関が必要とする固定費は、担保価値の評価をどの程度頻繁に行うかによって異なる。評価の頻度が下がれば必要な固定費も小さくなり、上で示したような下限よりも少額での貸付が可能となろう。

しかし、留意すべきは、評価の頻度が低下すればするほど、企業全体の信用リスクではなく担保価値に着目して貸付を行うABLの特長が失われる点である。これでは、不動産以外の担保を用いてはいるが、従来の担保付き貸付と大差なくなる。

どのようにすれば、担保の価値を頻繁なモニタリングによって見極め、企業の信用リスクにさらされずに貸付を実行するというABLのメリットが、多くの企業に行き渡るだろうか。

企業の信用リスクを引き受ける通常の貸付とは異なり、企業の信用リスクにできるだけさらされずに貸付を行うのがABLの狙いである。このため、企業の貸し倒れリスクを公的に負担する信用保証は、ABL促進のための王道とは言い難い。

仮に、ABL普及のための公的支援を行うとすれば、モニタリングをはじめとする固定費用を引き下げることに焦点を当てるべきだろう。これにより、小規模企業にもABLが広まる可能性が出てくる。ABLの価格や担保処分に関するデータベースの設立など、既に実施が提言されている施策のいくつかは、この点に役立つ。

おわりに

近年の中小企業金融は、貸し渋りというよりも、資金需要が増加しない中で、金融機関が貸付先を開拓するのに苦労している面が強い。このような中で導入されるABLにより、80兆円弱とも推計される市場が、従来の市場にそのまま上乗せされ、全体が拡大するとは考えにくい。

しかし、ABLの貸付手法は、企業全体の信用リスクではなく、担保価値に注目する点で新しい。これにより、企業が金融機関に緊密な情報提供を行うことで、成長途上にある企業、一時的に業績不振に陥った企業に対する資金制約を緩和する役割が期待される。今後の展開に期待したい。

『月刊金融ジャーナル』2007年11月号に掲載

2007年11月1日掲載