ODA 投資誘発効果に光

澤田 康幸
ファカルティフェロー

急成長を遂げる中国のみならず、「貧困のわな」に陥っていると考えられてきた南アジアやアフリカ地域でも着実な成長の兆しが見えてきた。日本では財政難の今、なぜ政府開発援助(ODA)が必要なのかという声がある。一方、東日本大震災に際し163もの国・地域から支援の申し出があったことで、これまでの支援を再評価する見方もある。今後、日本のODAはどうあるべきだろうか。

米ニューヨーク大学のウィリアム・ボーモル教授は、1986年にアメリカン・エコノミック・レビューに発表した論文で、戦後の世界経済には先進国に追いつく国と、先進国との経済格差が深刻化している国が併存しているとした。その後四半世紀、各国の経済的位置は大きく変わった。50年代に最貧国の1つだった中国の1人当たり国内総生産(GDP)はもはや中所得国の水準になった。東アジア太平洋地域全体の成長も劇的だ。2010年にクオータリー・ジャーナル・オブ・エコノミクスに掲載した論文で、世界銀行のシャオファ・チェン氏とマーティン・ラバリオン氏は、同地域の貧困人口の比率が過去25年で約80%から20%まで低下したことを示した(図参照)。

図:1人1日1.25ドル以下の生活を営む人口の比率
図:1人1日1.25ドル以下の生活を営む人口の比率

サブサハラ(サハラ砂漠以南)アフリカでも貧困人口の比率が持続して低下する兆候がある。飢餓や紛争、汚職にあふれる地域と見られていたが、世界銀行によると11年のアフリカ全体の成長率は4.9%に上る。同地域に豊富な天然資源の需要増などが支えたとの見方もあるが、非資源国の成長も目覚ましい。

99年にオックスフォード大学のポール・コリアー教授とウィレム・ガニング教授(当時)が発表した論文「アフリカ経済の停滞を解き明かす」は、経済が成長しない原因として「対外的な経済開放の不足」「不完全な公共部門」「援助への過度の依存」をあげていた。だが、米カリフォルニア大学のエドワード・ミゲル教授の09年の著書「次はアフリカの番か?」は、こうした問題が緩和され、様々な分野で海外直接投資(FDI)の受け入れや国内の経済活動が活性化したと指摘している。

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南アジア地域も11年に6.6%の成長を遂げた。乳幼児死亡率などあらゆる社会指標で最貧国とみなされてきたバングラデシュは、そうした国の代表格だ。経済成長の結果、初等教育・中等教育における男女の就学率が逆転し、「人口爆発」と問題視された人口増加率も劇的に低下した。11年の調査によれば、89年に5.1だった合計特殊出生率(女性1人が産む子の平均数)は2.3になった。

政策研究大学院大学の園部哲史教授らは、バングラデシュの高成長の背後には輸出向け縫製業の急速な成長があり、その発展は、優秀な人材や海外技術の積極的な吸収などが支えたと指摘している。米エール大学のムシュフィク・モバラク助教授らの研究も、縫製業が女性の雇用機会を拡大したことで教育投資行動が変化、女子の就学を急速に促したと結論付けている。

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一見、民間主導の成果とも見える経済成長だが、経済活動を支える産業インフラとそれらを資金面・技術面で支えるODAの存在を無視することはできない。では、現実のデータはODAが受け入れ国の経済成長に寄与したとの見方を支持するだろうか。

00年、クレイグ・バーンサイド氏とデービッド・ダラー氏(いずれも当時世界銀行)は、受け入れ国の政策環境が良い場合に限りODAは成長に寄与するという研究結果を発表した。だが、この論文は論争を引き起こし、米ニューヨーク大学のウィリアム・イースタリー教授や米シカゴ大学のラグラム・ラジャン教授らに厳密に追試され、批判されることになった。

結局、ODAの成長促進効果についての統一見解は生まれず、効果を発見した研究とそうでない研究が併存している。こうした状況を米シンクタンク、センター・フォー・グローバル・デベロップメントのデービッド・ルードマン上席研究員は「アナーキー(無秩序)状態」と呼んだ。

学術研究において一致した結果が得られないことは、多くの研究がODAの異質性を捨象した統計分析を行っていることに起因しているかもしれない。ODAには、無償資金協力、有償資金協力、技術協力があり、それぞれの効果は異なりうる。受け入れ国の経済発展の程度や地域の特殊性も効果に影響を与える。ODAは、FDIや移民の本国送金、銀行融資・間接投資など先進国から途上国への数ある資金・資源移転の1つにすぎず、ODAのみ取り出して効果を論ずることはそもそも難しいのかもしれない。

この点で財務省の木村秀美氏と東京大学の戸堂康之教授が10年に発表した論文が興味深い。彼女らはODAとFDIに関するデータを解析し、日本のODAが、緊密な官民協力による情報共有や投資リスク削減などを通じ途上国へのFDIを促す、いわば「先兵効果」を発見。こうしたメカニズムが成長を加速した可能性を示唆した。韓国高麗大学のカン・ソンジン教授らは、韓国のデータを用いてこの論文を追試し、同国のODAのFDI促進効果が日本よりさらに強いとしている。

ODAには技術や知識を伝え、生産性を改善する目的もある。これまで製造業や農業の生産に加え、教育・医療・行政などを支援する様々なODAが供与されてきた。木村氏と筆者らが今年発表した論文では、国際貿易やFDIと並び、こうした援助が技術移転に寄与することを示した。

これらの研究結果は、ODAと、FDIなど民間資金・資源との補完性を強めることの重要性を示している。今後は官民連携をインフラ事業をはじめ幅広い分野で進めていくべきであろう。

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00年以降のODAは15年までの開発・貧困削減目標をまとめたミレニアム開発目標(=MDG、キーワード参照)の達成に向けて実施されてきたが、近年大きな変化もある。10年には韓国が経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会に加盟。受け入れ国を卒業していない中国、インド、ブラジルなどが後発途上国を援助するエマージング(新興)ドナー(キーワード参照)の動きも活発化している。

多様な援助主体が台頭する一方、世界最大の供与国だった日本は、財政事情もあり存在感を急速に低下させつつある。だが、ODA予算が縮小しつつある今こそ、環境や防災など日本の経験が生かせる分野を中心に支援内容の「選択と集中」に取り組み、質を高める契機である。

今後の日本のODAには2つのカギがある。第1に、民間投資を通じた経済成長と貧困削減を達成する「潤滑油」となり、供与国と受け入れ国双方に便益をもたらす手段となること。第2に、世界の様々な巨大リスクを回避する仕組みとなることである。例えば欧州を震源とする経済危機、気候変動とそれに伴う感染症のまん延や自然災害など、貧困層の生活を脅かす巨大リスクを回避するためにODAを活用すべきである。こうした戦略が、「ポスト15年開発目標」をにらみ、日本が国際社会の開発目標をリードするカギとなろう。

キーワード

  • 【ミレニアム開発目標(MDG)】
    2000年9月に採択された「国連ミレニアム宣言」を具体化するために設定された、世界の貧困削減に関する8つの目標群。15年までに貧困人口の削減、教育の普及、男女格差の是正、医療保健改革、環境保全などの分野で達成すべき目標を定めている。近年、最終年が近づいたことで「ポスト15年開発目標」に向けた学術・政策上の議論が活発化している。
  • 【エマージングドナー】
    従来の政府開発援助(ODA)は、経済協力開発機構(OECD)の加盟国のうち、日米など先進国を中心とする開発援助委員会(DAC)のメンバーが担っていたが、主にそれ以外の新興の援助供与国を指す。DAC国がODAの効果改善のために進めてきた援助協調などのルールに縛られず、情報開示も不完全であるという問題点も指摘されている。

2012年8月20日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2012年9月12日掲載

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