自動運転の落とし穴 導入費がいくらなら普及?

馬奈木 俊介
ファカルティフェロー

国内の産業において、AI(人工知能)の活用がいちばん進んでいるのは、製造業である。AIはすでに多くの製造・販売の工程を改善し、生産・販売活動のコストを下げている。機械設備の点検、ラインの異常検知、障害発生の予想、品質検査や官能検査を中心に、AIの主要技術である機械学習、ディープラーニングでの画像認識が応用されている。少子高齢化が進む中、退職するベテラン技術者の代わりを見つけることが困難な背景も、製造業でのAI活用を後押ししている。

製造業以外にも医療や創薬、環境保護の監視システムなど、あらゆる分野にAIの利用は広がる。中でも筆者が注目しているのは、都市設計への活用である。土地利用の状況や夜の明るさ度合いがわかる衛星データを用いることで、広くかつ詳細な視点で都市が理解できるようになった。深層学習を用いた、今後の土地利用を予測する筆者らの研究では、以前より高い精度で将来の土地利用が予測できている。このAIによる新しい都市予測は、個々の土地利用と設計図を基に、紙の地図などを見ながら、"がやがや"議論していた社会を変えつつある。

そして、都市設計の中でも大事なのが、交通網をどのように考えるかである。人口と公的な予算の増加を前提につくってきた公共交通網や自動車道路網は、現在の人口減少・高齢化や人手不足の中では維持費が足りず、今後の運営方針の見直しを迫られている。その解決策として高い可能性を持つのが自動運転である。

自動運転は地方において、現在は補助金頼みで運営されるパスが今後、資金難から路線や本数を減らしていくため、それを代替する交通手段として期待できる。とくにドア・ツー・ドアで高齢者の足として使うことで、交通弱者にとっての便利さは維持される。人口減少に歯止めをかけたい地方では、成功例が一度出ればほかの地域へ波及することが期待され、都市部よりも自動運転の導入が進みやすいであろう。筆者らが手がけた自動運転の需要分析からも、日本では高齢者の自動運転へのニーズが他国に比べても高いことがわかっている。

導入費用が普及のハードル

これまでも、車の自動化技術は徐々に進歩してきた。例えば、運転手がハンドルを握らなくても高速道路上の前の車に自動で追従して走行するなど、すでに一部の技術は製品化されており、市販車に搭載されているものも多い。

また日本、米国、中国、シンガポールなどの国々は、公道を使った自動運転車の実証実験を進めている。すでにスイスでは、時間帯は限られているが自動運転の電動パスが公道で走り、運行されている。現在の技術レベルは、同じルートを通るパスの移動や地域を限定したタクシーであれば、自動運転を実現できる水準にまで到達している。

ただし、自動運転が実現したとしても、導入費用が高ければ普及の妨げとなる。では、いくらなら自動運転は普及するのだろうか。

筆者らの研究によると、利用者にとって許容可能な追加の費用はハイブリッド車の場合、自動運転レベル3(利用者が必要時に適切に応答することを期待する条件付運転自動化)であれば19万円台、レベル5(利用者が応答することは期待されない完全運転自動化)であれば31万円台だ。電気自動車の場合、レベル3で10万円台、レベル5になると22万円台である。これがハイブリッド機能であれば5万~8万円台である場合が多い。つまり、自動運転機能は実際にかかる追加費用がまだまだ高いため、導入費用が普及の課題となる可能性がある。

日本政府は2020年をメドにレベル3以上の実用化を目標として掲げ、その後にレベル5の実現を検討している。だが現状では、レベル3で10万~19万円、レベル5で22万~31万円(ハイブリッド車と電気自動車の場合)という、消費者が許容する水準にまで追加費用を抑えるのは技術的に難しい。

現状の技術進歩のスピードでは、筆者らが得た価格帯にまで製造費用を落とすことには無理がある。そのため、電気自動車のように利用者の燃料費を政府負担で実質ゼロ円にして購買補助金を与えるか、もしくは燃料電池車のように事業者負担で安く販売してその聞に基礎研究に取り組みイノベーションによる価格の低下を期待するか、どちらかの選択がいずれ必要になるであろう。

自動運転で環境が悪化

ただし、費用問題が解決しても、次のような問題が発生すると考えられる。自動化に伴い事故リスクと運転による疲労が軽減されるため、自動車利用の需要が増加する結果、燃料消費量と温室効果ガス排出量が増えることである。

そこで筆者らは、家計への調査を用いて、「自動運転が自動車利用の需要にどのような影響を与えるか」を推計した。その結果、自動運転によって家庭1軒当たり、年間走行距離が約600~3300km増加することが予想できた。つまり、自動車の燃料となるガソリンまたは電気というエネルギーの消費も増えるため、「自動運転の普及はいいことずくめではない」という点も念頭に置く必要がある。約600~3300kmという走行距離の増分は、年間約650m万~3382万トンのCO2(二酸化炭素)の増加につながる

したがって自動運転の普及に際してはガソリン車ではなく、ハイブリッド車やフライングハイブリッド車、電気自動車など燃費のいい自動車から導入するという議論が、燃料消費量と温室効果ガス抑制の視点から必要になる。また、走行距離の増加による渋滞の増加など、道路を含めた交通インフラの見直しも注視する必要がある。

政府は最先端技術を活用した未来社会のコンセプト、「ソサエティ5.0」の主軸としてAIを活用し、都市の実力を上げることを表明している。本稿で論じた自動運転技術や深層学習を用いた土地利用の予測のような、単発となる「点」の技術や開発は、AIで代替できることも多いであろう。だが、AIを背景にした自動運転に長所と短所があるように、技術が進歩すればするほど点と点をつなぎ、都市設計や社会整備という「面」に広げていく知恵が、人間にはより求められる時代になってきたといえるだろう。

図:自動運転の市場は拡大が見込まれている
—ADAS(先進運転支援シテスム)と自動運転システムの搭載台数—
図:自動運転の市場は拡大が見込まれている
(出所)矢野経済研究所の資料を基に本誌作成

週刊東洋経済 2019年6月29日号掲載

2019年8月21日掲載