近年、企業は社会的責任が重視され、投資家からも実効性あるESG(環境・社会・ガバナンス)経営を求められている。しかし、非財務情報は価値の数値化が難しく、その評価手法が課題となっていた。そんな中、有力な評価指標として研究が進められてきたのが、人工資本、人的資本、自然資本を軸とする「新国富指標」(IWI)(注1)である。本インタビューでは、国連代表としてInclusive Wealth Report(国連・新国富報告書)を執筆され、複数の自治体でIWIを導入している第一人者である馬奈木 俊介ファカルティフェローに、半導体産業集積に関する共同研究立ち上げの経緯と構想、および製品・サービスレベルのESG分析によって企業価値を可視化する株式会社aiESGの取り組みについて聞いた。
インタビュアー:平井 麻裕子(RIETI研究コーディネーター(EBPM担当))
質問者:山口 晃(RIETI)
人々の「幸せ」のストックを測る
平井:
初めに、半導体産業集積に関する共同研究の概要を教えていただけますか。
馬奈木:
元は、私が国連で新国富報告書(Inclusive Wealth Report)という人工資本、人的資本、自然資本の価値を測るプロジェクトを行っており、10メートルメッシュ(注2)や50メートルメッシュで地域をグリッドに分けつつインフラごとに効果検証をしていました。そこに三井不動産から共同研究の話が来たのです。日本は各施設がバラバラに立地していて、高度集積都市が作りづらいというのがジレンマなのです。しかし、それを作っていかないと日本の将来がないというのが出発点です。熊本のTSMCをはじめ、北部九州の開発を含めた産業都市を数値で見ながら、事前に効果を予想していくというのがわれわれのテーマです。
平井:
工場立地による経済波及効果だけでなく、人々が暮らす「まちづくり」という視点が大きな問題意識としてあると理解しました。新国富指標(IWI)を使うことで、具体的にはどういう指標が測れるのでしょうか。
馬奈木:
最終的には立地の目的は、関係者の「幸せ」です。モノを消費するから幸せで、そのためには収入が大事。その大本のストックを測るのが新国富指標で、そこから分配のような形で出てくるものがGDPや消費です。インフラがあるからモノを運ぶことができて、新しい物流が生まれ、人の移動によって物事の意思決定が進み、そしてGDP、消費や収入につながります。このインフラの度合いと、人がどれくらい稼ぐ社会になっているのか、健康になっているのか、自然環境が良いかを測定することで、今後生み出されるであろう社会の価値、消費、投資が分かります。社会の設計上、IWIが経年で上がると人は幸せになるし、GDPも長期的に増えることが証明されています。
平井:
どれくらいのタイムラインでの測定を見据えているのでしょうか。対象によって自由に変えて分析ができる性質なのでしょうか。
馬奈木:
5年、10年のデータで測定すると、今後の予想は精度が高くなります。10年程度なら精度高く当たり、それ以外は(1)大都市にのみ人が集積して住むメインシナリオ、(2)ばらけて住むシナリオという形など3つ程度作成し、それに応じたインフラ計画を立てれば、基本的には10年から30年を見越したプランができます。
平井:
「まちづくり」を起点とした研究で都市計画にも反映させていくということですが、どの程度の細かさで波及効果の分析やIWIの算出をされるのでしょうか。
馬奈木:
縦横それぞれ10メートル四方で日本地図を区切ったメッシュを用いるので、その町や市のどの辺りまで波及しているのかを明確にできます。公的なデータ、衛星画像、土地利用データをデータマッチさせて、国内で最も精度高くデータ化しました。そういったものを海外学術誌に出しながら、かつみんなに使えるようにプログラムのコードも公開しています(注3)。
平井:
衛星画像による土地利用の判別といった技術はとても興味深いです。衛星画像による地図上のデータのほかに、一般的な公的統計も活用されるのでしょうか。
馬奈木:
公的なものと衛星の両方です。あと、困ったときはJAXAが助けてくれます(笑)。具体的な成果を挙げると、RIETIのディスカッション・ペーパーでも新幹線の効果などで出しています(注4)。
平井:
IWIを用いた研究をすでに地方行政の方々とも取り組まれていると思うのですが、行政の方が感じている課題と、IWIを使った分析の効果について教えていただけますか。
馬奈木:
1つは、福岡県久山町と連携して行った地域の価値の計測と住民が求める施設の分析で、行政の取り組み案件として7つ提案したところ4つが通り、実際の予算配分の意思決定に貢献しました。さらに、久山町で子どもの見守りサービスの実証実験を行ったところ良い結果が出たので、その後、人口160倍以上の隣の福岡市でもその取り組みが波及するという興味深い結果も示したりしました。脱炭素等の取り組みもあり、昨年の2022年、久山町は文部科学大臣賞を取って、国土交通省のグリーンインフラの自治体対象地域にも選ばれています。これは自然資本関係です。
もう1つは、大分県別府市の健康路線からまちづくりに取り組んだ、人的資本側からの自治体への貢献です。よく温泉がリウマチに効くと言いますが、リウマチはさまざまな病気の総合名称であり、リウマチに対する温泉の効能は曖昧な昔の言い伝えです。なので、人間の健康度合いを腸内細菌で測定し、温泉の効能が本当に医学的に正しい事を証明しました。
平井:
今後どのようなスケジュールで研究をなさるご予定ですか。結果の公表見込み時期などはございますか。
馬奈木:
およそ3年プランで考えています。1年半程度で数値結果を出しながら興味深い結果が出た地域に入り込んで、現実的な都市計画に向けた議論を2年目、3年目にしながら次のステップに移るところまで持っていけたらいいなと思っています。場合によっては産業界の方々に使いやすいようにツール化したいと思っています。
製品・サービスレベルのESG分析
平井:
続いて、先生が代表をされている株式会社aiESGが提供されるサービスについて概要を教えていただけますでしょうか。
馬奈木:
われわれは企業データよりもさらに詳細なプロダクトやサービスのレベルで、調達も含めたサプライチェーン全体において人権問題を起こすリスクや、気候変動への影響を3,000以上の指標で数値化するツールを作りました。このツールはaiESG独自開発のAIを組み合わせています。海外の企業も同様に詳細にデータ化しているので、このツールで分析できます。企業からの費用データを元に産業比較でどういう効果があるかというのをESGの文脈で分析して、見せるというものです。
平井:
AI開発の手法について、可能な範囲でお聞かせいただけますか。
馬奈木:
現在、一番予測精度が高いのが機械学習です。AIを使ってESGのスコア化をしているので、AIとESGを足してaiESGという呼び方にしました。一番大事にしているのがサステナブルな投資で、国ごとの産業が他国のどの産業とつながっているかというのを経済面だけでなく、エネルギー利用、大気汚染、地域経済貢献といったそれぞれの効果が分かる形でモデル化して、産業データベースをまず作りました。そして、国際機関等で公開されているデータを基に多様なデータベースを作って、全て連携させて、効果が見えるような仕組みにしました。
平井:
ESGの取組は企業単位でのアピールになりがちですが、製品・サービスレベルで価値を測るというのは担当者レベルにもESGを普及させていくという観点で非常に実務的な取り組みで、とても感銘を受けました。今後、ESGの文脈で企業が強化していくべきポイントやそのために必要な取組、そして特にこのサービスが提供できる価値について聞かせていただけますか。
馬奈木:
今、企業の方と一緒に主力製品の効果をESGの文脈で全て数値化して、サプライチェーンの考え方も含めて、外への発信の仕方や次のステップに向けた活動を検討しています。一部の企業では技術開発の方向を絞って、事業の方向性分析も一緒にやっています。良い面、悪い面も含めた総合評価をしっかりして次のステップに進めるよう、各企業に当たり前のように使ってもらえるところまで持っていきたいと思っています。
平井:
aiESGの活用シーンとして、投資家、消費者、あるいは取引先とのコミュニケーションなどが考えられますが、どういった想定をされていますか。
馬奈木:
基本的にまずは社内でしっかり理解して頂き、その次に投資家、消費者、NPO・NGOの3つの視点で物事の重み付けをやっています。いろんなステークホルダーの重み付けバージョンを用意しています。
平井:
これまで、経営トップのコミットメントをはじめ経営戦略への位置づけ、マテリアリティの特定など企業内での取組が進んできましたが、このツールを使うことで、社内全体にESGを浸透させるという次の段階を強化できると感じました。産業ベースでのデータとお伺いしましたが、個社ベースの違いはどの程度反映されるのでしょうか。
馬奈木:
複数の仕組みを接合しています。95%の精度で企業のアニュアルレポートの文脈を理解して、分析するような仕組みを内部で作りました。ChatGPTの最後の「PT(Pre-trained Transformer)」が大事で、産業比較でのプロダクトの特徴、企業ごとの特徴、それから外への発信に関しても数値化を使ったりします。
平井:
aiESGを使われているのはどういった企業が多いのでしょうか。
馬奈木:
九州だと九州電力、西部ガス、大阪では日東電工、スタートアップでは、hapという内閣総理大臣賞を今年取ったアパレルの会社、アバンティというオーガニックコットンに特化して人権配慮を打ち出している会社など、どの産業でも基本的にESGが重要課題であれば使用できるようになっています。
平井:
例えば電力会社の製品・サービスはどのように分析されているのでしょうか。
馬奈木:
電力エネルギーは目に見えるものではないと言いますが、実際にはインフラも何らかの原材料を使ってモノを作っています。どの会社であってもそのために投資をして、お金を使って、人を使っているので、そういった関連データを共有してもらいながら評価しています。
平井:
「E」「S」「G」の中でもE(環境)とS(社会)に関してはサプライチェーン上の評価のイメージがつくのですが、G(ガバナンス)の面ではどういった評価をされていますか。
馬奈木:
地域の経済貢献や男女比率の影響も製品レベルで分析できるので、そうした数値化をしています。
日本発のESG標準化を目指して
平井:
今後の馬奈木先生のご研究について、aiESGの活動も含めて目指していること、また政府に期待する役割がありましたらお伺いできればと思います。
馬奈木:
aiESGもそうですが、精度の高い仕組みが世界中の標準になってほしいと思います。サステナブルな文脈での数値化が当たり前に見えるようなものまで持っていきたいというのがやりたいことです。われわれも長い間、ESG指標と経済指標の関係性を分析していて、最近では海外の大学と一緒にESGがファイナンスに与える影響の特集をジャーナルで組んだりしています。世界の金融のESGの仕組みは現在IFRS財団が中心となっていますが、製品・サービスレベルで同財団とアライアンスを組んでいるのは国際的にわれわれだけです。学術的なサポートも入れながら、産業界に役立つように持っていきたいと思っています。
政策側へのお願いという意味では、経済産業省のルール化・標準化の中でサプライチェーンも含めた人権の重要性はすでに提言していまして、われわれが数値化したものを世の中みんなで使いやすい状況に持っていきたいです。aiESGや、われわれの大学研究グループの方でも学術的にサポートをします。ESG標準化という議論は欧州発になることが多いですが、日本発で世界に展開していただきたいです。
平井:
日本企業は先進的な環境の製品や技術は持っているものの、情報開示の問題でなかなかそれがグローバルに評価されづらかったこともあり、もう少し前向きにアピールをしていくことが重要だという問題意識を私も持っていました。今の話をお伺いして、政府の役割として、日本の技術がきちんと評価されるような土壌作りも重要であると強く思いました。
質疑応答
山口(RIETI):
地域のエコシステムにしても、人権の話にしても、良い影響、悪い影響があると思います。モデルの中のソーシャル・ウェルフェアを意識しながら、どのように1つ1つの案件で価値の判断をされるのでしょうか。
馬奈木:
私は基本的に自然資本や人的資本の社会価値が当たり前に普及したらいいなと思っています。そのときに企業や行政のトップや、内部で連携されている方のやる気と実行力があれば、案件がうまくいくことが分かっているので一緒に連携しています。人口5万人以下というのがまず行政が動きやすいという目安のようなものがあります。別府市は観光と温泉で少し目立っている都市で、かつ人口5万人以上ですが、トップダウンで動ける見込みがあったので連携しています。
aiESGを含めた企業の方は、議論だけして結局何も分析もしないとなるのは避けたいので、成果が出せるだろうと踏んでいるところと連携しています。そのときにいろんな会社とアライアンスを組んで味方を増やしつつ、実際に動くことを重視しています。その方々の興味に沿った分野や専門性を移しながら実施しています。実行しながら途中で新たな専門家を入れて任せられるので、この手法があるから案件にアプローチするというよりも、大事だと思って実行したいという人がいるから、その中でサステナブルなものに対して着手するという形で進めています。