1. はじめに
近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資を取り巻く環境が、劇的に変化している。トランプ政権下におけるパリ協定離脱や反ESG政策は、国際社会の流れに逆行する動きを示した。一方で、MSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)の最近の分析(注1)では、環境および社会への取り組みが盛んな企業はアウトパフォームすると指摘された。それはこれまでの既存研究である、ESGに関する開示や取り組みが、利益や企業価値(TobinsQ)と正の相関を示すこととも一致する(注2)(Yoo and Managi 2022)。今後、ESG投資を取り巻く環境は、どうなるだろうか。
2. 反ESGの潮流とその影響
まず、現在の反ESGの潮流について、状況を整理したい。トランプ大統領は、大統領就任の日にパリ協定から離脱する大統領令に署名をし、化石燃料産業の支援を強化する政策を打ち出した。それに付随し、ゴールドマンサックスやJPモルガンチェースなど、米国大手金融機関6行全てが、温室効果ガス(GHG)排出量を実質的にゼロとすることを目標とする国際的銀行連合「ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)」から脱退するなど、ESG投資離れが進んでいる印象を受ける。
しかし、この背景には、これまでの環境アクティビストの強力な行動に対する反動があると言える。例えば、東アフリカ原油パイプライン(EACOP)の取り組みは、環境アクティビストから批判が殺到し、金融機関の中には、関与を否定せざるを得ない機関も多くいた。そのうちの1社は、三井住友FGであり、実際2022年6月には環境アクティビストより当該事業の関与停止の要求があった(注3)。2024年3月6日には赤道原則(金融機関が大規模開発プロジェクトに融資する場合に、そのプロジェクトが自然環境や地域社会に与える影響に十分配慮して実施されることを確認するもの)から撤退し、そしてこの流れの中で、2025年3月4日には、脱炭素の国際枠組み(NZBA)からの撤退を表明した。
以上を踏まえると、現状のESG投資を取り巻く状況は、会社が注力すべき項目に注力するという、むしろ金融の正常化と言える。反ESGアクティビストの主張は、自社に関わらないESG活動をやめさせ、自社の評価につながる社会課題取り組み(より将来事業につながり得る事業、協議または適切なESG)に集中すべきということである。また、これまでESGウォッシュ(ESGへの配慮を装ったり誇張したりする行為)として批判がなされてきた企業が、ESGファンドに加わるなどの事態は、今後解消されていくだろう。欧州のESG規制ラッシュも弱まり、現実的になりつつある。これにより、企業は膨大なコストをかけて、急に管理コストを増やすのでなく、より罰則の少ない現実的な社会課題に各企業が資源配分をしていくことになる。
3. 今後、企業が目指していくべき方向性
今の世界中の経済不安・インフレに加えて、AIの世界的な影響を考えると、余裕がある時代ではない。よって、大規模な社会変化への対応が必須な時代である。この流れの中でみると、ESG投資は一見トーンダウンしたように思われるが、実態としては、投機的あるいは極端な活動が抑えられ、あるべき姿に漸進していくと考えられる。
その結果、適切なESGの流れとして、今後AI等の活用によるESG評価の簡易化へ、企業行動は変わっていくであろう。例えばCSRD(企業サステナビリティ報告指令:EU域内の企業にサステナビリティ情報を開示することを義務付ける指令で2023年1月に発効)の簡素化も、今の大きな変革の中で現実的な流れで評価できる。この流れの中で、いたずらにコストを増やすことなく、より現実的なESG対応が求められていると考えるべきであり、その意味で、AI等をいかに活用して効率よく適切な対応を取れるのか、というシステムの問題ととらえるべきである。
そして、視点をESG低迷への憂慮ではなく、現実にいかに社会課題に対応するためにAI等をいかに活用し、課題を解決して、社会に貢献していくか、という本質に移すべきである。投機的にESGという言葉に踊らされ、石油産業へ一方的な批判を加えるのではなく、課題を解決し、社会に貢献し、その結果としてESGにも貢献していく仕組みが必須である。例えば、全世界のニュースから、世界各地域の人権リスクを、リアルタイムに5段階評価可能なAIや(注4)、製品のグローバルサプライチェーンを末端までさかのぼり、各国各産業の財務・非財務リスクのホットスポットを特定できるAIも既に生まれている。これらの技術を利用し、効率よくリスク管理を行い、本質的に社会課題の解決に資する企業が、今後生き残っていくと思われる(馬奈木、2021)。