公的な経済統計では捉えられない消費行動の変化をビッグデータの分析を通じて丹念に記録

小西 葉子
上席研究員

コロナ禍で人々の行動は大きく変わった。購入する商品やサービスの種類も量も、感染状況や社会環境の変化によって日単位、週単位で変動した。しかし、公的な経済統計では週単位の変動は吸収され、公表は早くて翌月末、1~2年先のものもある。そこで注目したのがビッグデータだ。購買(POS)データや家計簿アプリデータを分析することによって、コロナ禍の日本の消費行動を明確に描き出すことに成功した。

コロナ禍で変化した生活パターンを
商品やサービスの購買動向から分析

経済学は、理論や仮説から演繹的に真実に迫ることをめざす学問であり、私が専門とする計量経済学もさまざまな統計手法を使って理論の妥当性の検証を試みます。一方で、現実のデータから帰納的に真実に迫ろうとするのが、近年注目されているデータサイエンスです。これらの方向性の違いは、決して対立するものではなく、必要に応じて相互に活用していけばよいと考えています。とりわけ、計量経済学は、データサイエンスのベースにもなっている統計学を駆使しますから、柔軟な発想で研究を進めていくことが求められると思っています。

消費行動の変化は経済学の大きなテーマの1つです。突然始まったコロナ禍によって、私たちはこれまでとは異なる生活に追い込まれ、報道や映像などからも消費行動の変化を実感してきたと思います。しかし、これらの変容を公的な統計では捉えられそうもないと直感しました。それは、公的統計は月次や年次と調査間隔が長いこと、コロナ禍特有の必要または不要になった細かな品目の調査が行われていないことが理由です。そこで、この間の人々の消費行動をきちんと記録しておくことが極めて重要だと考えました。また、これほど大きく急激な行動変化は、既存の学問の枠組みでは捉えきれないのではないかとも思いました。

そこで、まずはデータをしっかりと整理し、記録することに重点をおいた研究をすることにしました。最初に注目したのはスーパーやコンビニのPOS(Point Of Sale)データですが、その後、家計簿アプリのデータにも注目しました。コロナ禍において何が買われ、何が買われなくなったのかという視点から、行動変化を象徴するような品目をピックアップし、変化を分析することにしました。そのなかのいくつかの変化を紹介します。

感染予防や食に関するデータに注目
コロナ禍ではキャッシュレス決済の普及も

グラフ マスク・手指消毒剤・うがい薬の販売額(週次)
出所:インテージ社のSRI(全国小売店パネル調査)のPOSデータと厚生労働省の国内発生状況を使用して小西特任教授作成。2021年1月以降は、2019年の同週と比較している。

●マスク、うがい薬、手指消毒剤<グラフ>

コロナ禍が最初に大きな影響を及ぼしたのがマスク市場でした。2020年1月30日には1日で2億枚以上売れましたが、3月ごろには品薄による在庫不足のため、前年同週比でマイナスとなることもありました。供給が追いついてからは1,000~2,000%増も売り上げるピークが何度もあらわれています。前年の2倍で100%増ですから、いかに人々がマスクを求めていたかわかります。また、感染者数の急増に伴う変化はあるものの、感染者数が落ち着いても、マスクとうがい薬、手指消毒剤はずっと購入され続けていたことがデータからわかります。

●食生活の変化

2020年3月2日に全国の学校に一斉休校が要請され、4月7日には7都道府県に1回目の緊急事態宣言が出されました。在宅勤務の奨励や不要不急の外出自粛要請があり、外食が制限されました。冷凍食品、インスタント食品などの加工食品の増加は予想されましたが、自炊する人も増えると予測し、主食や加工食品に加えて、調味料や台所用洗剤の購買状況も合わせて分析しました。すると、主食や加工食品が買われるのと連動して、調味料や台所用洗剤の購買が伸びていました。特に休校要請時と1回目の緊急事態宣言発出時には、台所用洗剤は、前年同週比で50%以上も伸びています。これらは耐久消費財で、頻繁に買うものではありませんから、いかに自炊する人が増えたかを如実に物語っています。

コロナ禍の特徴を別の視点で見てみましょう。2019年10月に発生した大型の台風19号が、関東地方に上陸する可能性があると報道された週の関東地方のスーパーの食品の販売額の伸びは20%でした。コロナ禍では、感染が拡大している期間中、最大で38%増、長期間20%以上伸びています。つまり、私たちは巨大台風への備え以上に多く購買し、その行動は長期にわたったということを意味しています。

●飲み会への支出が激減

POSデータでは、飲食、旅行といったコロナ禍で多大な影響を受けたサービス支出の動きはわかりません。そこで、家計簿アプリを使ってカフェ、朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯、飲み会への支出状況を分析しました。第1回の緊急事態宣言以後は、いずれも大きく支出が下がりましたが、以後10カ月間の動きを見ると、食事やカフェがいずれも前年同月から20~50%の落ち込みだったのに対して、飲み会は40~90%と大きくダウンしています。これらのデータからは、日中利用の多いカフェと夜間利用の多い居酒屋という飲食業態ごとの影響が明確に読み取れると思います。

●キャッシュレス決済の普及

家計簿アプリからは決済方法のデータも収集できます。そこから、コロナ禍でキャッシュレス決済が普及したことがわかりました。これまでなかなか浸透しなかったキャッシュレス決済が急速に拡大したのは、その利便性やポイント還元などのお得感に加え、非接触による感染予防という新たな付加価値を有したことが背景にあると考えられます。

これからは統計学の素養がもっと必要になる
統計学を学ぶなら計量経済学も選択肢に

これらは、計量経済学の手法を駆使した研究とはいえませんが、計量経済学や統計学の知識がなければ、そしてデータの見方をトレーニングしていなければ、人々にわかりやすい形でまとめることはできなかったと思っています。

近年、ビッグデータやデータサイエンスに注目が集まるのは、今後、統計学の素養がもっと必要になることを意味していると思います。特に、コロナ禍のような未曽有のショックには、データを活用することが必須になってきます。

経済学は人々や企業の行動すべてが分析対象ですから、計量経済学が扱う統計手法は多岐にわたります。統計学部のない日本で統計学を勉強したいと思ったら、統計学の応用分野としての計量経済学も選択肢の1つとなってくると思います。

『Kawaijuku Guideline』2022年2月3日号に掲載

2022年2月15日掲載