消費ビッグデータで振り返るコロナ禍の3年間

小西 葉子
上席研究員

身近な変化をビックデータで見る、身近な変化だからビックデータで見る

2023年5月5日、世界保健機関(WHO)は新型コロナウイルス感染症拡大についての世界的緊急事態宣言の終了を発表した。2020年1月30日の発出から1,191日間、私たちは食事、学び、仕事、余暇を変化させながら暮らした。特に2020年上半期は感染予防品や紙製品を中心にパニック消費が起こり、報道や映像から連日消費行動の変化を目の当たりにした。

筆者は当時、この未曽有の変化は公的な統計調査だけではとらえられそうもないと直感した。コロナ禍では購入する商品やサービスの量が、感染状況や政府のアナウンスメントによって日単位、週単位で変動し、月次集計や年次集計が主流の公的統計調査ではその変動が吸収されてしまう。特に初期は、パニック消費の把握や供給ルートの確保、在庫確保など、迅速な意思決定の根拠が必要で速報性が求められた。また、コロナ禍で変動が大きかった感染予防品、食品、日用品、医薬品については、詳細な品目別の動向も必要だった。

そこで筆者は、共著者らとPOS(販売時点情報管理)データや家計簿アプリデータを分析し、コロナ禍の日本の消費行動を記録・発信し続けた。

経産省「ビッグデータプロジェクト」がもたらした機動力

筆者は2016年から2020年まで経済産業省調査統計グループの「ビッグデータを活用した新指標開発プロジェクト」に参加した。プロジェクトの主目的は、公的統計調査に民間ビッグデータを活用し、調査対象の負担軽減、調査コスト削減、詳細性、速報性等の向上であった。同時に、積極的に新指標の公表を行い、2019年11月には消費税率引き上げ時の影響を知るために、株式会社インテージ(以降、インテージ社)とジーエフケー マーケティング サービスジャパン株式会社のPOSデータを用いた「METI POS小売販売額指標[ミクロ]」を開発した。ウェブページに「BigData-STATSダッシュボード(β版)」を開設し(注1)、毎週金曜日に前週の販売動向の最新指標が公表され、リアルタイムに消費の実態をとらえることができた(2022年4月2日以降更新停止)。

コロナ当初から第一回目の緊急事態宣言前の混乱期に、このプロジェクトがプラットフォームになり、速やかに官民連携が行われ、感染予防品や生活必需品の日次販売動向が政府、公的機関に共有された。またダッシュボードの公開によって、政府、官公庁の会議資料、民間シンクタンクレポート、マスコミ、研究者がコロナ禍の消費動向の情報源(注2)として活用した。

筆者も2020年3月23日の国際シンポジウム(注3)で、すでに①マスク等感染予防品の劇的な販売増と品薄状況、②一斉休校と在宅勤務要請に備えた食品の買いだめ、③SNSでのデマ拡散による紙製品の爆買い、④外出減とマスク着用による化粧品の販売減──などを発信できた。ビッグデータの詳細性、速報性、迅速性のたまものである。その後も継続的に、コロナ禍の消費動向を発信し続けた(注4)。

売れた品目、売れなかった品目の変化でコロナ禍の期間を分けてみよう

インテージ社のSRI+(全国小売店パネル調査)は、スーパー、コンビニ、ホームセンター・ディスカウントストア、ドラッグストア、専門店など全国約6,000店舗のPOSデータである。それらを食品、飲料、日用雑貨品、化粧品、医薬品等、344品目に分類し、各年について販売金額で順位付けした。

図1は当年(縦軸)と前年(横軸)の順位の散布図である。バブルの大きさは順位差の2乗である。±30位以上の差があった場合に、品目名を記した。45度線の右上端が両年1位、左下端が両年344位で、45度線上に分布していると前年と順位が等しい。45度線の上側は前年から順位が上がった品目、下側は下がった品目である。

2019年は、45度線上に分布している品目が多く、2018年との順位差が±30位以上変化した品目はない。そもそも344品目は日常品が多く、コロナ前の順位は安定的だった。

しかし、コロナ禍に転じた2020年は、マスク、手指消毒剤、殺菌消毒剤、うがい薬、体温計といった感染予防品、またそれらの品目の品薄時に代替消費された石鹸、ぬれティッシュ、その他住居用クリーナーが30位以上順位を上げた。一方、外出機会の減少やマスク着用により、口紅、ほほべに、その他リップ、パック、日焼け止め、ギフト(お中元、お歳暮等、贈答品)が30位以上順位を下げた。強心剤は、コロナ前にはインバウンド旅行者の購入が多く順位が下がった。

2021年は、30位以上順位が上がった品目はなかったが、2020年によく売れた品目のうち、石鹸、殺菌消毒剤、手指消毒剤、うがい薬が30位以上順位を下げている。

2022年は各品目が45度線周辺に分布し、その程度はコロナ前の2019年より強い。つまり2022年の各品目の順位は2021年と類似している。2022年には、検査薬が特徴的な品目として登場した。

図1より、コロナ禍は2020年のパニック消費期と、2021-2022年の新しい日常期で購買傾向が異なることが分かった。

図1:当年と前年の順位の散布図(バブルの大きさは前年との順位の差の2乗)
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図1:当年と前年の順位の散布図(バブルの大きさは前年との順位の差の2乗)
出所:インテージ社のSRI+を使用して著者作成

私たちの消費行動をグラフにしたら花が見えた

次に、毎週の順位の変化をランククロック (Rank Clocks)で視覚的に調べよう。とはいえ、344品目×209週の全てで描くと、人間の目では識別が困難なので、2019年以降1週でも上位20位以内に入った品目を抜粋し、表1にまとめた。

図2は表1の品目の毎週の順位のグラフで、中心が1位で外側に向かって順位が低くなる。表1より、大半が食品、飲料品であり。特に、たばこ、ビール、菓子パン、液体茶、牛乳、アイスクリーム、コーヒードリンクの順位は常に安定して中心に分布している。

データは生き物の様なもので、「何」を、「どこ」を、「いつ」を対象とするかで形状は変化する。図2は見たことがない花の形になったが、これは年末年始、四季、イベントなどで売れて、それ以外はあまり売れない品目があるからだ。例えば、かまぼこと練り製品は冬や正月、チョコレートはバレンタイン、鼻炎治療薬は春・秋の花粉症の時期、電池は台風前の備え、殺虫剤は夏に需要が高まる。ギフトは、お中元、お歳暮等のご贈答時期以外は順位が低い。詳細な品目を週次で見ると季節性がよく見える。

表1より、コロナ禍だからこそランクインした品目はマスクや紙製品だ。マスクはコロナ前の夏に200位で、コロナ禍初期の2020年1月第4週に最高2位になり、図1の年次集計でも上位にランクインしている。一方、2019年の消費税率引き上げ時の駆け込み需要で販売増になったパーソナルケア品と、コロナ禍初期にパニック買いされた紙製品は表1では上位だがどちらも継続性がなく、図1で突出して売れた品目に該当しなかった。週次データは季節性に加え、短期的なショックもとらえられる。

表1:2019年-2022年の209週に一度でも20位以内に入った品目リスト
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表1:2019年-2022年の209週に一度でも20位以内に入った品目リスト
出所:インテージ社のSRI+を使用して著者作成
図2:2019年-2022年の209週に一度でも20位以内に入った品目のランククロック
図2:2019年-2022年の209週に一度でも20位以内に入った品目のランククロック
出所:インテージ社のSRI+を使用して著者作成

どうなるマスク消費―コロナ禍からどんな日常に戻る?

最後に、コロナ禍が消費行動の季節性に与えた影響を見よう。図3はマスクの販売枚数の累積密度関数で、各週の販売枚数を各年の総販売枚数で割った比率を積み上げている。毎週同じ枚数を購入した場合、1/52≒0.0192で約1.92%ずつ増え45度線となる。

コロナ前の2018年、2019年は、冬季と春の花粉症の季節に購入が集中し、4月の第2週から第3週に1年間の販売総数の半数が販売され、夏季は停滞し、秋から冬にかけて全体の約3割を消費するという季節性がある。

一方、2020年は、1月30日のWHOの緊急事態宣言の週に30%を超え、その後のマスク不足の時期には停滞した。第一回目の緊急事態宣言の終了時に50%を超え、その後マスクが市場に戻ると一定の速度で消費された。

2021年と2022年に注目してほしい。両年はほぼ45度線と重なり、毎週同じペースで購入している。2020年の突発的な需要増によるパニック買いやマスクの供給不足はなくなったが、コロナ前の季節性も消失し、新たな消費パターンに変化した。

2023年5月8日に新型コロナウイルス感染症は5類感染症に移行したが、マスク消費はコロナ前に戻るのか?新しい周期になるのか?-いずれにしても最初に影響が出て、最も影響があったマスク市場は日本のコロナ禍を語る上で象徴的な品目になるだろう。

図3:マスク販売枚数の累積密度関数:2018-2022年
図3:マスク販売枚数の累積密度関数:2018-2022年
出所:インテージ社のSRI+を使用して著者作成

公的統計調査とデータプラットフォームが活発な社会へ

コロナ禍ではPOSデータに加えクレジットカード情報、ホームスキャンデータ、家計簿アプリ情報、電子マネー情報等、消費に関するビッグデータの活用が進んだ。筆者はPOSデータを使って、外出自粛やマスク着用をメイクアップ品の販売減やマスクの販売増で観察したが、より直接的には人流データを活用できるし、AIの画像診断によるマスク着用率の計測も可能な社会になった。

「いつでも、どこでも、詳細」に知れる時代だが、最も難しいのは何を計測するかを決め、継続することだと感じた。改めて、長期的な仮説に基づき国の状態を計測し続ける公的統計調査の存在がとても心強かった。1カ月、2カ月、1年先には各省庁から調査結果が公表され、ビッグデータで得た結果の答え合わせができ、指針が示されるからだ。この基盤があったからこそ、迷わず自由にビッグデータを活用できた。

統計作成現場で予算や人材が制約になって久しいが、デジタル技術、民間データ、行政記録情報、統計人材を総動員して、公的統計調査が発展しながら継続することを望む。国が企業、人々の暮らしを知る術を持ち、統計メーカーでいることは、政策の説得力と知的基盤を有することを意味する。その上で政府は、平時にこそ、1分野について1企業のデータではなく、複数企業の複数タイプのデータを集め、迅速な政治判断に役立つプラットフォーム創りに備えることが重要だ。

本コラムの英訳版はCEPR VoxEUに転載されました

2023年5月16日掲載