コロナ下の消費動向から考える政策立案手法「EBPM」の意義
平時の民間ビッグデータ分析は有事の機動的分析・発信にも寄与

小西 葉子
上席研究員

公的統計調査への民間データの活用と、EBPM(Evidence-based policy making=証拠に基づく政策立案)の推進が求められている。筆者はコロナ禍で、民間調査会社のPOSデータや家計簿アプリで把握できる「消費ビッグデータ」を活用し、消費動向やキャッシュレス決済動向を分析・発信してきた。こうした有事の機動的分析やEBPMを根付かせるには、公的統計調査だけでは足りず、平時から民間企業のビッグデータを活用し、恒常的な研究プロジェクトを進めていくことが重要となる。

コロナ爆買いを捉えた「消費ビッグデータ」

2020年1月以降、世界的に新型コロナウイルス感染症が拡大し、私たちの日常生活は、食事も学びも、仕事も余暇も大きく変化した。日本は3回の緊急事態宣言を経験したが、諸外国のような強制的なロックダウンや行動規制、マスク着用の義務がない中でこの危機に対処してきた。対処の多くは、私たちの日常生活での自発的な行動変容である。

この2年間、筆者は共同研究者らと民間企業が保有する消費行動に関するビッグデータを用いて、日常生活の変化を客観的な指標で記録し、発信することに注力してきた。

最初の発信となったのは20年3月23日の国際シンポジウムである。そこで報告したのは、①同年1月30日に世界保健機関(WHO)が世界的緊急事態宣言を発出した際の「感染予防品(マスク、アルコール消毒剤、うがい薬)」の劇的な販売増と品薄の状況、②3月2日からの一斉休校と在宅勤務要請に備えた主食や加工品の買いだめ、③SNSでのデマ拡散による紙製品(トイレットペーパー、ティッシュペーパー、キッチンペーパー)の爆買い、④外出減とマスク着用による化粧品の販売減──などであった。

図表1:新規陽性者数と消費に関するアナウンスメント
[ 図を拡大 ]

コロナ禍において、消費に関するアナウンスは感染初期から第1回の緊急事態宣言期間までの混乱期に集中した(図表1)。その後も「新しい生活様式」が根付いていく様相を発信したが、それは分析対象が「消費ビッグデータ」だからこそ可能であった。各国の感染者数や死者数の多寡の違いを説明する「ファクターⅩ」が現在も明らかになっていない以上、私たちの生活行動に感染者数抑制のヒントがあると考え、観察を継続することは意味があると考えている。

スマホ位置情報やPOS、家計簿アプリから分析

コロナ禍で変化したことの一つに、人々が日常でデータに触れる機会が増え、データリテラシーが向上したことがある。コロナ禍で最もよく活用されたデータは、その場所が「密」かどうか、人々が外出自粛をしているかといった人流を知る「携帯電話の位置情報」だろう。加えて、その場所で何をしたのかを知る際には「消費ビッグデータ」が力を発揮する。消費データの代表格はPOS(販売時点情報管理)データである。

筆者は、経済産業省が公表する「METI POS小売販売額指標[ミクロ]」にデータ提供している調査会社であるインテージとジーエフケー・マーケティング・サービスジャパン(GfK)のデータを使用した。インテージは、全国のスーパーマーケットやコンビニエンスストア、ホームセンター、ドラッグストアなど、緊急事態宣言期間中も休業要請の対象とならなかった生活必需品を販売する業態のPOSデータを保有する。GfKは、家電量販店のほぼ100%のPOSデータを保有している。感染拡大の第3波くらいまでは、POSデータで幅広い品目の販売増減を捉え、その動向によって極端に不足している品目の把握や、在宅勤務や外出自粛が伸展していることを観察することが第一義であった。

やがて新しい生活様式の定着とともに、POSデータでは観察されない「中食(おにぎり、総菜、弁当)」「衣服」「家具」「DIY品」といった品目や、サービスへの支出動向を知るニーズが高まってきた。そこで、20年に経済産業省プロジェクトに参加したZaim(ザイム)の家計簿アプリのデータを活用し、サービス支出やキャッシュレス決済動向の分析も開始した。

公的統計で把握困難な飲食・サービス業の実態

図表2:スーパーマーケットの食品販売額と飲食サービスへの支出額の推移

図表2は、インテージによるスーパーマーケットでの「食品」の販売額指数と、ザイムの家計簿アプリのデータによる「食事」への支出の前年同月比である。コロナ前の19年に着目してほしい。食事は生きていくために必要な行動なので、平時は前年同月比が安定している。

しかし、コロナ禍以降、スーパーマーケットの食品販売額は、第1回の緊急事態宣言時には約18%増となり、その後も計測期間において一度も前年を下回ることがなかった。19年に台風19号の接近がアナウンスされた時の関東地方における10月の前年同月比は約8%増だったので、それよりも高い水準で買いだめが続いていたことが分かる。

一方、コロナ禍において食事に関する支出額は、常に前年を下回り続けた。特に、第1回の緊急事態宣言時には大きく下落した。「飲み会」と「カフェ」は店舗での支出となる一方、「朝ご飯」「昼ご飯」「晩ご飯」は購入して自宅で食べる中食も支出に含まれる。そのため、「晩ご飯」の前年同月比は「飲み会」よりも高くなっている。

公的統計調査においては、大企業と比較して中小企業のデータが、また製造業と比較して非製造業(特にサービス産業)のデータがそれぞれ不足している。コロナ禍で大きく影響を受けたのは、規模で言えば中小企業、業種で言えば飲食、宿泊などのサービス産業、衣料品販売などの小売業であったことに鑑みれば、公的統計調査のみで経済全体のコロナ禍の影響を把握することが困難なことが分かる。

また、コロナ禍では人々の行動が感染者数の増減や国からのアナウンスにより目まぐるしく変化したため、月次や年次の調査結果では正確な把握が難しい。休業中は売上げが減る(またはない)のは当たり前だと予想できても、休業や時短要請が解除された後でも、人々の行動が元に戻らないのを予想するのは困難だった。

この点についても、公表間隔が短いビッグデータを使えば迅速に観察できた。食事一つをとっても、何を食べたかの分類(和食、中華、イタリアン等)を調べることも重要だが、食事のタイミング別の比較ができることで、「日中利用が多い喫茶店」「夜利用が多い居酒屋」といった飲食業態ごとの影響を見ることができる。公的統計調査、民間ビッグデータそれぞれの強みや特徴を学ぶことで、未曽有の事態にも科学的根拠に基づき対処できるようになる。

平時からの共同研究でEBPM推進を期待

筆者は16年から20年まで経済産業省の一連の「ビッグデータを活用した新指標開発プロジェクト」に参加していた。この研究プロジェクトの主な目的は、公的統計調査に民間ビッグデータを活用し、調査対象の負担軽減、調査コスト削減、詳細性、速報性等を高めることである。同時に積極的に新指標の公表を行い、19年11月からはダッシュボード形式で「METI POS小売販売額指標[ミクロ]」を毎週公表してきた。

本プロジェクトは有事やコロナ禍のためにやっていたわけではない。ダッシュボードでの販売額指標の公表も、19年の消費税率引き上げ時の駆け込み需要と、その後の反動減について研究することを主眼としていた。コロナ禍当初に機動的に動けたのは、すべて偶然の産物である。筆者がコロナ禍で消費動向の発信ができたのは、筆者が指標開発に携わっており、プロジェクト参加者と参画企業の協力を得やすい場所にいたからにすぎない。ただ、有事の際に迅速に公的機関がビッグデータへアクセスし、協業できる専門家を配置するには、どのような仕組みが必要になるかを考える契機となった。

筆者が迅速に分析できたのは、協力を得た企業がすでに経産省の研究プロジェクトに参加しており、データのスクリーニングが済んでいたからである。有事の際に速やかに現状を把握し、規制や政策策定のためにデータ整備や企業との連携を進めることは重要だが、理由もなくいつ起こるか分からない事象に備えることは難しい。

しかし、幸いなことに15年6月に「経済財政運営と改革の基本方針2015(骨太の方針)」が閣議決定されて以降、16年12月に経済財政諮問会議で「統計改革の基本方針」が取りまとめられ、新たなデータ源の活用としてビッグデータの活用等が明記された。

さらに、公的統計調査への民間データの活用とEBPM(Evidence-based policy making=証拠に基づく政策立案)の推進が年々、政策現場では求められている。筆者のコロナ禍の分析では全国の週次データを使用したが、EBPMにはこれに加えて地域別や日次データも求められるだろう。EBPM推進のために研究プロジェクトが立ち上げられ、恒常的に複数存在すれば、その流れでデータ整備、企業や研究者との連携も実現する。

長い間、この種の議論をすると、「日本は統計学やデータ分析の知識を有する人材が不足しているので、人材育成が喫緊の課題である」という指摘が多くされてきた。この点についても、17年に滋賀大学にデータサイエンス学部が設置されて以降、データサイエンス学部・学科の新設が相次ぎ、加えて78校のデータサイエンス教育認定プログラムが認定されている。統計学、データサイエンス、AIを学んだ学生の多くは民間企業に就職するので、彼らがデータサイエンティストとして公的機関で活躍する働き方のルール作りも進めていく必要があるだろう。

現在、理論や方法論の発展、技術進歩によるマシンの計算能力の向上、EBPM推進によるデータ活用の促進と分析するための環境が加速度的に整っている。そして近い将来、分析を担う人材も社会に輩出されていく。この四つの車輪がそろうのを私はとても楽しみにしている。

「週刊金融財政事情」2022年1月18日号、「きんざいOnline」 から転載

2022年2月1日掲載