相手企業の支配権を伴わない程度の株式を保有し、取引などの基礎となる信頼関係を構築するという株式の「政策保有」は、わが国の企業文化に根差した商慣習である。2015年に東京証券取引所などが公表したコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)では、株主資本の効率的活用と価値創造への投資を促す観点から、「政策保有株式を保有する場合」は「政策保有に関する方針を開示すべき」と定められている。
他方、金融庁の「スチュワードシップ・コード(機関投資家の行動規範)とコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」では、コードで規律されない被保有側の企業の問題、つまり自社の株式を他社に「政策保有させている」企業の問題が指摘された。取引上の力関係次第では、自社の株式を取引相手に政策保有させて、他の株主からの圧力を緩めることが可能になるので、この点に懸念が表明されたのである。
スチュワードシップ・コードにより機関投資家の議決権行使が強化されたことから、株主総会における機関投資家の影響力は相対的に高まっている。一方、政策保有株主はほとんどの場合、株主総会において賛成票を投じる友好的株主として認識されている。経営者は時に機関投資家から厳しい意見を受けるため、政策保有株主が多く存在する会社では、経営者が機関投資家と対話する意欲を失うというモラルハザード(倫理の欠如)のリスクもある。
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政策保有には、一方的保有の場合、相互に保有する場合、3者以上で循環的に保有する場合など、様々な形態がありうる。ところが政策保有は相互保有のケースに限定して捉えられることも多く、すでに解消に向かっているとの認識も少なくない。日本経済新聞6月24日付朝刊の記事では株式持ち合い比率は10%を下回ったとあるが、これは保有主体を上場企業に限定し、生命保険会社を含めず、時価総額ベースとしている。
筆者(上田)は16年3月期の有価証券報告書(有報)の開示情報に基づき、日銀資金循環統計、日本取引所グループ株式分布状況調査も参考に、政策保有株主の実態を調査した。対話の阻害要因という観点から、東証1部上場企業の議決権ベースでの株主構成に焦点を当てた。
政策保有目的で保有する株式については、有報で上位30銘柄の株式数、貸借対照表計上額、具体的な保有目的の開示が義務付けられる。他方、自社の株式が政策的に保有されている状況についての情報は開示対象ではないが、上場企業の株主総会担当者の多くは、株主の投票行動を予測する観点から、自社の政策保有株主の状況を把握していると考えられる。
そのため本調査では、有報の開示情報(所有者別状況、大株主の状況)に基づいて、「政策保有株主」「機関投資家」「その他株主」に区分し、過去10年の東証1部上場企業の株主構成を分析した。各区分の定義は、政策保有株主が政府及び地方公共団体、保険会社、銀行、事業法人で、機関投資家は国内年金、国内投信、外国法人とし、その他株主は証券会社、個人・その他、自己株式とした。
外国法人は多くが機関投資家であるとの推測に基づく。証券会社は政策保有目的と純投資目的の区分が、個人・その他は創業家などと一般株主の区分が困難なため「その他」に含めた。例えば政策保有株主でも純投資として保有する部分もあり得るが、保有目的の区別は困難であり、保有主体で区分した。株主の保有目的について発行側の企業からの情報開示が不足しているため、調査に一定の限界があるのはやむを得ない状況だ。
調査結果をみると、07年には政策保有株主比率は36.3%、機関投資家比率は27.0%であった。その後、コーポレートガバナンスや資本の効率的活用に対する意識の変化を受けて、16年には政策保有株主比率は34.1%に低下し、機関投資家比率は31.9%に上昇したが、依然、政策保有株主の存在感は大きい(図参照)。政策保有株主の内訳は、4分の3程度が事業法人、残りを保険会社と銀行がほぼ等分し、政府及び地方公共団体はごくわずかである。
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政策保有株式はわが国に特徴的な問題であると言われるが、よく似た事象は海外でも見られた。フランスでは、1980年代のミッテラン政権下での国有企業の民営化後に、外国企業による買収懸念の観点から企業間での株式持ち合いが行われた。
ドイツでは、伝統的に銀行・保険会社などの金融機関における株式持ち合いや事業会社株式の政策保有が見られた。だが、2000年代のシュレーダー政権下で資本市場改革の一環として、株式売却時のキャピタルゲイン非課税政策が導入された。政策効果により株式持ち合いの解消が促進された結果、金融機関を中核とした構造的な政策保有株式の比率は低下し、機関投資家の保有比率が上昇した。
わが国でも、開示規制の導入やコードの策定に伴い、企業は政策保有株式についての問題意識を高めており、本調査にもあるように過去10年で政策保有株主の比率は低下傾向にある。さらにこれを加速するための方策として、ドイツの優遇税制のようなインセンティブ(誘因)の付与も検討に値すると考えられる。
株式の政策保有は、資本の活用を非効率化し、企業と投資家との対話を阻害する傾向があるため、一般論としては上場企業においては望ましくない。他方、個別の事案においては、企業価値の向上につながる場合も存在しよう。グローバルに展開する外国企業では、外資規制などがある場合を除き、株式保有は支配権を意識して実施される。
しかしながら、わが国の企業文化のなかでは、経営の独立性を維持しながらも、業務提携や技術協力において株式を保有する事例も少なくない。将来の経営統合の試金石としての側面もある。そのため上場企業の場合、本来的には市場で自由に流通されるべき株式を政策保有として固定化するならば、それが会社の戦略や将来価値に寄与するものであることを、より一層、具体的かつ明確に説明する責任があると言えよう。
一方、金融庁が5月に改訂したスチュワードシップ・コードで、機関投資家の議決権行使結果の個別公表が要請された。これに伴い、機関投資家がますます個別事情を勘案しない機械的な議決権行使をするのではないかと懸念する企業が増えている。
このため、株主総会の安定的運営のために政策保有株主を確保する動きに拍車がかかる可能性もあり、機関投資家との建設的対話を通じて企業が持続的成長を目指すというコード導入の本来の目的に逆行する流れが生じる恐れもある。このような懸念を払拭するには、対話を企業にとって有益なものにする機関投資家の側の努力も欠かせない。
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株主からの健全なガバナンスによって企業の持続的成長を目指す企業統治改革は、日本の「成長戦略」を構成する重要テーマであり、その核心が企業と株主の対話の実効性である。このような観点から、政策保有株式の問題についても引き続き幅広い議論が提起されることを期待したい。
2017年8月30日 日本経済新聞「経済教室」に掲載