原油の高騰とエネルギーセキュリティー

林 良造
コンサルティングフェロー

1.異常な原油高が続く国際石油情勢

昨年後半に原油価格は50ドル台に突入した。その後、需要期を控えての一時的な動きではないかとの予想を覆し、不需要期に入っても50ドル前半で推移し、さらには、ハリケーンなどのさまざまな事象も加わって一時は70ドルを越すなど過去最高値を更新し続けている。また、最大の需要増加をもたらしている中国では過熱気味の景気拡大が続き、エネルギー関連部局では世界中の原油の利権を高値で買いあさり原油価格の高騰に寄与すると同時に、米国においてユノカルの買収を仕掛ける一方、一部の産油国とは武器の供与を絡ませた取引を行い、これらの諸国にテロ支援国家として警戒を強める米国との緊張をもたらすなど世界経済・世界の安全保障秩序にも大きな影響を与えつつある。本稿では、このような現象を中期的視点から分析し今後の政策の方向を考えてみたい。

1992年の湾岸危機以来おおむね20ドル以下で推移してきた原油価格は、2000年後半から上昇をはじめた。イラク戦争開始前後に35ドルのピークをつけたあとも高止まりを続け2004年後半からは50ドル台の価格が、そして今年の夏以降は60ドル台後半の価格が続くところとなっている。

今回の高価格は、米国のイラク侵攻をきっかけに2003年初頭からはじまったものであるが、従来と異なり、戦闘行為終結後も、産油国の状況、天候などの自然的要素、米国のガソリン需要の逼迫など各種の要因が順次寄与する形で、高値を続けている。

すなわち、今回のこのような価格の上昇は、さまざまな要因が寄与しているところに特徴があると考えられる。まず、最も重要で基本的な需給要因としては、90年代に入っての需要の継続的な増加が70年代の高価格時代に発見された北海などの油田群のもたらした供給力の増加余力を食いつぶしつつあることがあげられる。

特にここ1、2年の中国・米国を中心とする需要の増加は、サウジを中心とするOPECの供給余力も急速に低下させている。

さらに中東における戦争や社会的不安定化の拡大、アフリカ・南アメリカなどの主要な産油国においてポリティカルリスクが高くなってきたこと、またロシアにおいてもユーコスの破産などに伴う供給に対する懸念材料が存在することなど、突然の価格高騰を引き起こす可能性が拡大した。さらに、在庫や過剰精製能力を極力減らし、スリムな生産・流通体制が定着したところに災害が起こるなど、製品サイドの状況も価格の高騰に結びつきやすいものとなっている。

そして、これらのもたらすvolatilityに引き寄せられた資金が、大量に先物市場に流入し、ある局面では市場価格の振れ幅を大きくする場面もみられた(図1)

2.意外に影響の少ない原油高

この結果、2005年後半に入ると60ドル台というかつてない価格レベルが続くところとなっている。これは第一次石油ショック時の12ドルはもとより、第二次石油ショック、湾岸危機など過去のどの事態よりもはるかに高い価格であり、期間としても決して短いとはいえないものである。しかしながら、他方で、社会的影響という観点からは、今までに比べて影響が少ないことも事実である。

その原因として第一にあげられるのは、実質で見た石油価格である。すなわちインフレを調整して考えると、80年代前半の35ドルに比べれば現在の60ドル台もけっして高いとはいえない。特に、日本の場合には、この間に円高が進んだおかげで、円ベースで見ると80年代前半の半分程度の価格である。

さらに、石油に対する経済・エネルギーの依存度をみると、世界的に石油火力発電から石炭、天然ガス、原子力などへの転換が進んだことから、電力セクターでの依存度が大きく低下したほか、その他の用途でも石油代替エネルギーの比重が増加している。この結果、たとえば、わが国では、電力分野では第一次石油ショック時に75%あった石油依存度が12%に、エネルギー全体でも77%から50%にと減少している。

3.70年代からのレッスン

しかしながら、第一次石油危機のときのパニックや主要国間の石油の取り合いから、消費国の反応を変えた最大の要素は、石油の配分、価格決定が市場へと移行したことにある。

すなわち、第一次石油ショックの時には、石油の生産・流通はメジャーの手に独占されており、それがOPEC諸国に移ったことによる混乱は、情報が共有されていないこともあって、不安の連鎖となり高値買いを招き、混乱がさらに拡大するところとなった。

その結果、多くの先進国で、消費価格の統制や石油生産のもたらす超過利潤に対する課税、そのための複雑でrigidな規制がもたらされた。そしてそれが需要の抑制や供給の拡大を阻害し、各国政府の国際市場での買いあさりを助長する要因となった。

しかしながら、パニックは過ぎ去り、順次価格規制が解除され価格機能が回復しはじめた。それに伴って、省エネ技術の事業化・導入が進み、新規油田の開発、石炭・天然ガスなどの石油代替エネルギーの利用も拡大した。また、これらの動きは、消費国連合として発足したIEAが主要国の備蓄を拡充させ、政策レビュープロセスなどを通じて規制の撤廃を進め、緊急時の対応メカニズムの整備を進めるなど、主要国間の不安を除去し相互信頼を醸成するうえで大きな役割を果たしたことによって加速された。

それらは次第に、より大きな統合エネルギー市場へと広がりをみせるとともに、ある時点で一挙に石油の需給緩和をもたらした。これがスポット取引を拡大し、価格形成の主導権をOPECから市場へと移行させた。さらに市場による価格形成は、価格変動に対するヘッジ需要を生み出し、先渡し、先物市場へと発展していった。

この結果、イラクのクウェート侵攻に端を発する湾岸危機においては、約半年にわたる7%もの供給減少にもかかわらず、パニックに陥ることはなかった。この間、石油価格の上昇がみられ、また、先物市場への投機資金の流入が投機的価格上昇を招いているのではないかとの懸念も示されたが、総じてみれば、各国とも石油市場の機能を維持することでパニックを避け、国益にかなうとの視点から協力を行うところとなった。

そしてこの間、サウジを中心とするOPEC諸国が、原油価格の大幅な上昇は長期的にはかえって価格の低下の可能性をもたらすことから、増産の姿勢を守っていることも大きな安定材料となってきた。

4.市場成立の条件

このように、主要国の関係を「石油の取り合い」から「協力」へと変えるうえで、市場の成立の果たした役割はきわめて大きい。

しかしながら、この市場が多くの制度的補完措置の上に成り立っていることを忘れてはならない。すなわち、備蓄というパニック防止装置、IEAという各国間の不信を取り除き協力ゲームを可能とするメカニズムなどである。

また、この市場も、まだまだきわめて不完全・不安定なものであることにも注意を要する。

そもそも、石油は需要の弾力性が低く、供給サイドでは固定費が大きく、一定量までの増産はきわめて容易であるという特性を持っている。この結果、均衡点はきわめて不安定であり、わずかの価格の上昇が供給の拡大をもたらし、今度はそれが大幅な価格の下落をもたらす。そして価格が下落したときにも、固定費回収に必要な長期的価格水準を容易に下回るところで生産が続けられうる結果、低価格状況が長期に継続する。

また、供給構造は大きな階段状になっており、一定規模以上の需要拡大に対しては、新規の油田の開発が必要となるという性格を持っている。他方で、いったん大型新規油田が開発されると、先に見たように短期的限界コストはきわめて小さく、大幅な価格下落をもたらす傾向があり、そのような開発の判断を非常に難しいものとしている。

そして、その開発能力は強い寡占状況下にある。すなわち、新規油田の開発は資源国の主権下にあって、それとの交渉が必要であること、その探査・試掘のコストが著しく大きいこと(油田の採掘が困難な地点に移っているため、その傾向は加速している)、探査データを読みこなすためには過去のデータの蓄積が大きな役割を担うことなどから、これらの能力を併せ持ちリスクをマネージできる企業はきわめて限られたものとなっている。

このような需要の非弾力性、供給の特性にもかかわらず、リスクを処理する市場が存在しないことが、ますます新規の大規模開発を抑制的なものとしている。

5.日本の石油政策の評価

このような視点から、今までの日本の石油政策を評価してみよう。

戦後長らく開発部門への参入を抑制されてきた日本の石油産業にあって、国内市場の支配力をメジャーから日本政府に移し、将来国際原油市場で統合された企業体として「和製メジャー」を作るべく、石油業法による国内需給調整と石油開発公団による石油開発の支援を行ってきた。

しかしながら、石油業法下の競争制限的体制は典型的なカルテル下における競争、すなわち採算油種であるガソリンのシェア争いとそのためのガソリンスタンドへの過剰投資を生み出し、国際原油市場における開発への適切なインセンティブを生み出さなかった。

そして行政指導型の石油業法の存在は、その柔軟性ゆえに、第一次石油ショック後の「規制」から「市場」への移行プロセスを早めた一方、その後の精製・流通部門における世界的な規模での市場の形成の動きの中では取引市場の制度設計を遅らせる要因の1つともなった。

また、石油開発公団も、いくつかの大規模プロジェクトで開発に成功したものの、それらのプロジェクトにあっても融資部分の大きさとナショナルプロジェクトの経営責任の不明確さが、石油価格の下落と円高の進行の中で、プロジェクトを不採算なものとしてしまった。さらに、小規模プロジェクトへの重点の移行は、石油開発産業の規模の利益を生かしきれない小さな規模の開発主体を数多く作り出すところとなった。

その後の石油業法の廃止などの規制緩和、商品取引所への石油製品・原油の上場と開発企業の証券取引所への上場を経て、ようやく、国際的な下流部門の市場化と寡占的構造を持つ国際的上流部門への参画が進もうとするところまで来たといえよう。

6.中期展望の中で

さて、このような現状を前提に、今後の石油・エネルギー、需給・市場の展望と政策課題を整理してみよう(図2)

6.1 全体像
IEAの需要の見通しによると、2030年に向けて世界経済は年率3%のスピードでの成長が予想され、エネルギー弾性値を0.6とおくとエネルギー需要は年率1.7%の成長が見込まれる。その成長の中心は中国をはじめとするアジアで、モータリゼーションなどにより、そのシェアは2002年の23%から30%へと急増すると見込まれている。

その中にあって石油は、輸送用燃料などでの圧倒的な利便性から、引き続き中核的地位を占めると予想される。それに伴って中東依存の拡大は避けられないものの、生産効率の向上、オイルシェール、タールサンドなどの開発が見込まれ、絶対量的な供給不足は考えられない。さらに、天然ガスの利用分野の拡大などがエネルギー市場全体としては大きなクッションを作り出し、地球環境問題の視点も合わせ考えると、適切な市場の環境さえ作り出せれば、持続可能な経済成長を阻害するような市場構造の大きな変化をもたらすことはないと思われる。

6.2 自動車部門
需要部門別にみて鍵を握るのは、自動車などの輸送燃料部門である。今後の需要増加の中心は中国・インドなど人口の多い諸国のモータリゼーションに伴って生じる輸送燃料部門となると考えられている。この分野においては、自動車の安全規制、環境規制の観点から各国においてさまざまな品質規制が行われている。これらが過度に細分化された状況を作り出すことのないような注意も重要な要素になろう。また、電気自動車・ハイブリッド自動車の開発やガソリンの燃焼効率の向上は石油需要の増加のスピード調整に大きな役割を果たす。したがって、これらの石油の効率的使用に向かって絶えず技術開発への圧力が働き続ける状況はきわめて重要である。さらに長期的には、水素エネルギーなどの輸送燃料分野における石油代替エネルギーの事業化が決定的な重要性を持つこととなる。

6.3 アジア
もうひとつの課題が、需要増加の中心であるアジアの市場の透明度の増加、需要の予測可能性の拡大と弾力的な需要構造の実現である。

すなわち、今後の需要増加の中心となるアジアは最も未成熟な市場でもあり、価格の乱高下を引き起こしやすいものとなっている。98年には通貨危機に伴って10ドルを割る原因を作ったことも記憶に新しい。したがって、アジアの市場の成熟を促すことは価格の長期的な安定にとってきわめて重要である。

アジアの市場をみると、70年代後半以降IEA諸国が作ってきた石油市場の成立要件の多くが達成されていないことが目につく。たとえば、パニック行動を抑え合理的な行動・政策を担保する最も重要な政策である国家備蓄も、韓国など一部の国を除くとスタートしたばかりである。まだまだ残っている規制は取引市場の成立を難しくし、また、各国ごとに異なる品質規制は市場を細分化し、安定した大きな市場の成立を阻んでいる。

さらに、統合的なエネルギー市場という観点からみると、天然ガスという二酸化炭素の排出がより少なく最も石油に近いoptionが限られている点が目につく。北米・欧州においてはパイプライン網が張り巡らされ、天然ガスが競争的な環境の下でのシームレスな統合的エネルギー市場にとって中核的存在となっている。それに対して、アジアは地理的条件、セキュリティー上の条件もあって、もっぱらLNGの形での天然ガス市場となってきた。

これらの条件に、さらに域内の原油生産が少なく、中東への依存度が大きいことも加わって、アジアプレミアムといわれるようにアジアの原油市場の競争性の弱さは価格を割高にしやすいものとなっている。

6.4 上流部門
次に、供給サイドについていえば、この上流構造をより需要・価格に感応し、開発・生産をなだらかで連続的な構造に変えていくことが必要である。このためには、たとえば、比較的コストが低くリスクが限られていると思われる中東諸国で、適切なインセンティブのもとに、開発能力とリスク負担能力がある国際的企業が開発を進めることなどが考えられる。この点からも、イラン・イラクで進みつつある鉱区の開放への動きが注目される。さらに、長期的には、供給の中心である中東の政治的安定と、中東産油国経済の世界の市場経済体制へのintegrationが進むことによって、また、技術的・経済的に能力のある主体がより多く参入することによって、このような動きが加速することが期待される。

7.緊急対策としての中国対策

このような環境下で特に当面の焦点となるのが中国である。

中国の需要はその成長に合わせて急増しており、いまや米国に次ぐ消費国となっている。また、石炭資源は豊富であるものの、石油・天然ガスについては輸入国になっており、石油輸入量は純輸入国となった92年以来急増している。

さらに、現在予想されている経済成長のスピードを前提とするとエネルギー需要も高いスピードで増加を続け、2030年に向かって世界のエネルギー需要の増加の半分程度を占めるともいわれている。その一方で、バブルともいうべき景気過熱、人民元の切り上げへの国際的な圧力、これらの大きなマクロ的経済政策の変更に伴う諸資源のスムーズな移動を支える多種多様な市場主体の未発達さ、内陸部と沿岸部の格差の拡大による社会的不安定性など、成長そのものが持続可能なものかについての疑問も大きく、将来の需給を考えるときに大きな不安定要素ともなっている。

同時に、政府のエネルギー政策についての不安も大きい。92年に純輸入国となって以降、中国はパニックのように世界の石油開発利権を高値で買いあさり、今回の価格上昇の一因ともなっている。また一方では、国内の消費価格の統制を続ける結果、エネルギーの国内需要は減らず、GDPに対する原単位は日本の約10倍と高く非効率なものとなり、同時に、政府が市場要素以外で石油を量的に確保する必要を作り出す構造となっている。そしていまや、米国に次ぐ第2のCO2排出国となり、さらに今後の地球温暖化の鍵を握るところとなっている(図3)

いまや中国は、その経済政策とエネルギー政策が世界の政治経済秩序に大きな影響を与える存在となっており、また、その安定化は当然中国自身の国益にとっても緊要なものとなっていることから、早急にG7のような枠組みの中に組み入れ、「協力ゲーム」の一員としていくことが必須となっている。

このように、今回の原油価格の高騰は、即効的な政策がある性格のものではない。むしろ、従来から進めてきている「市場を通じた安定」という基本的方向に沿って、より広いプレイヤーを含めた国際的協力枠組みを作り上げていくことが重要と思われる。

『エネルギー・資源』VOl.26 No.6 (2005)に掲載

2005年12月21日掲載

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