90年代以降、わが国の会社法もすでに多くの防衛策は商法上可能となっており、適切な防衛策については平時に導入しそれを開示することがまず出発点となる。さらに、過剰でない適切な防衛策かどうかは企業価値の増加に資するかどうかを判断の軸とすべきであり、企業価値を毀損する恐れのあるM&Aに対して集中的に働くように設計されているかなどが重要な要素となる。
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今年の前半の経済界の最大の話題のひとつは、敵対的買収とその防衛をめぐるものであった。まず、ライブドアが、フジテレビの親会社に当たるニッポン放送の株式を取得し、さらに買収の意向を表明した。これに対して、フジテレビ側は、既存株主に対する新株発行で対抗しようとし、世論で賛否両論が湧き上がるとともに、司法の場に持ち込まれた。
新株発行は裁判により否定されたものの、その後のホワイトナイトの出現などを経て、ライブドアはフジテレビに、取得したニッポン放送の株式を売却し、フジテレビが親子のねじれを解消して第一幕は終わった。しかし、その後、商法の現代化をめぐって、企業買収が容易化されてくることの是非、企業の経営陣主導で導入される防衛策の適切性の基準をめぐる論戦の場は、政府・国会にうつり、さらには、6月の株主総会のシーズンには、経営者側の防衛策の具体的提案について株主総会の場で賛否が問われるところとなった。
その後も数多くのケースが出てきているが、ここでは、このように高まったM&Aとその防衛問題の本質、その背景にある潮流について考えてみたい。
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まず、M&Aのプロセスを見てみよう。
通常、M&Aは買い取り企業が、シナジーの実現か経営刷新による株価の向上を求めて被買収企業に、買収の申し込みを行うところから始まる。そして、被買収企業の経営陣、主要株主との合意があれば合併や子会社化に向けて契約し、株式交換や会社分割などが行われる。また、経営陣が反対の場合には、買収企業は、公開市場で一般株主に対して、買い付けオファーを行い、それに対して、経営陣は買い付けによる過半数の獲得を困難にするさまざまな防衛策を講じる。このようなプロセスを経て決着がつかない場合には株主総会で買収企業、現在の経営陣それぞれの提案をめぐっての委任状合戦が行われる。
この際に経営陣がどのような防衛策をとることが許されるのかが争点になっているのであるが、これは、M&Aの重要な機能の1つは株式市場を通じて経営者の交代を迫ることであることを考えると、どのようなM&Aに、どのような形で、コーポレートガバナンス上の役割を期待するかの判断に他ならない。
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そもそも株式会社制度では、株主が会社を設立するとしながら、株主有限責任をとり、また、会社に独立した法人格を与え、所有と経営の分離を進める構造になっている。この結果、経営者がこのように多元化した関係者の利害を反映しながら行動するように適切な規律付けを必要とする。
株式会社は、通常、コアの経営者グループが自ら出資者となるか、出資者を募って始める。このときには、株主、経営者、コアになる従業員はお互いに不可欠であり不可分である。しかしながら、事業が拡大し、資金の追加のために株式公開を行うときには、所有と経営の分離が具体化し、株主は所有者と位置づけられながら、配当を目的とし、企業経営の面では受身の存在となる。
すなわち、そして、それが繰り返され、成熟した企業となった段階では、法律的には企業は株主のものであるが、企業の経営方針の決定、業務執行はプロの経営者たるCEOが行うようになり、所有と経営の分離は完成する。また、このプロセスで、株主の責任が限定されている一方、債務超過時には基幹的債権者が会社の価値に最も密接な利害関係を持つようになるなど、企業の業績に連なる関係者は、金融機関、社債権者、従業員、取引先、顧客、社会一般と広がり、かかわり方も多様化する(図1)。
このように発達した株式会社において、経営者の方針決定なり、業務執行に対して、だれがどのような規律付けを行うことが適当かということがコーポレートガバナンスの本質である。これは、(1)社会的に、付加価値の創造、生産量の拡大、雇用の拡大などのうちどのような機能が重要と考えられるか、(2)関係者が各々どのような視点から企業にかかわっているか、(3)企業経営者に対する効果的な監視と強制の手段は何か、の3つの視点によって表されている。
これらについては、各国ごとに株式会社の期待される役割も微妙に異なり、また、資本市場の状況も異なる結果、ガバナンスの形としては、さまざまな形態のものが見られるところとなった(表1)。
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たとえば米国では、早くから、株式所有の分散が進む一方で、会社は株主のものとの認識は確立し、外部取締役など株主が経営者を監視・コントロールする手法が発達するとともに、制度的にも、実態的にも、株式市場を通じた企業買収がやりやすいような制度設計となっていた。そのような背景の下に、80年代の企業業績の悪化をうけて、株価低迷企業を中心に、敵対的買収が急増した。そして、賛否双方の立場から、M&Aの功罪が立法・行政・司法と広く議論された。この結果、基本的には敵対的買収についても、これを評価するとともに、資産の切り売りや高値での株の売りぬけを目的とする買収の害に対しては防衛策が取れるように、新株予約権(ライツプラン)を中核とする制度が作られていった。
他方、欧州では、各国の実態、歴史的経緯の違いから英・独・仏さまざまな、ガバナンスが現れた。たとえば、最も古くから株式会社制度を持つ英国では中核である株主による経営監視について「遵守か説明か」といわれる手法で、証券取引所の自主ルールでの改善が積み重ねられた。一方、ドイツでは、共同決定法以来労働組合の経営参加が制度化され、企業は株主、金融機関、従業員が共同して運営されるべきものとの基本枠組みのもとに、資金的な面からは、メインバンク兼主要株主という存在であるハウスバンクといわれる金融機関が実質的にガバナンスを担う体制となった。このように、ガバナンスの制度、資本市場とも国ごとに細分化された状況にあったが、その後、EUの統合の本格化を機に一挙にM&Aの波が押し寄せた。そのなかで、M&Aとその防衛策に関しては、買収を試みる企業に対して相当の資金とリスクを負担させることにより、真剣に経営革新を求め、企業価値の増大に貢献するようなものに限られていくような制度に統一される一方、防衛策については、経営側には防衛策を許さないようなものとなっている英国から、黄金株のような形の防衛策を許す大陸諸国まで汲々となっている。
これに対して、日本では、戦後の混乱期の経験や外資の自由化の際の恐怖心から、企業は従業員のものであって、それを金で買収しようとする行為は邪道であるとの認識が定着し、また、現実的にも、経営者は、持ち合い構造(株主と経営者の連合体)で守られ、チェックは内部取締役とメインバンクにゆだねられる体制が出来上がった。特に、80年代は、日本経済・日本企業の最盛期であり、このような日本型ガバナンスが安定した低利の資金供給、従業員の質とモラールを通じて長期的視野に立った経営を可能にし、80年代の繁栄をもたらしたものと考えられた。その体制下では「株式市場によるガバナンス」は不安定要因にしかならず、M&Aは、80年代から散見されるようになったが、あくまで好ましくない異常現象と認識されていた。
しかしながら、90年代に入り、企業が「選択と集中」による競争力強化を進める上で、M&Aは事業再編のための手段として認知されるようになり、さらにそのような制度的基盤の上に、日本でも90年代後半には、企業価値の増進を目的とする敵対的買収が見られるようになった(図2)。
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このように各国の社会的背景のもとに発展してきた株式会社のガバナンス制度に対して、80年代以降、M&Aの波が押し寄せた背景には、グローバリゼーションの大きな流れがある。
情報技術とWTOに象徴される世界市場の統合は、一挙に競争相手を世界的規模にとかえ、競争環境、経営環境を根本から変えた。すなわち、変化のスピード、変化の幅は格段に大きくなり、どのような企業にとってもビジネスチャンスと経営不振のリスクは背中あわせになり、また、事業の最前線の変化の激しさは監視側との情報の非対称性をますます大きなものとした。このように新しい環境は、企業がその中で競争し生き残るためにはその経営手法を大きく変えることを余儀なくした。すなわち、その変化する環境に合わせて常にチャンスとリスクに応じた最も適切な資本、人材を追求しつつ、それを適所に配置する経営手腕が不可欠になった。以降もこの新しい手法への切り替えが遅れた企業はチャンスを逃し、経営不振に陥るところとなった。
この結果、世界を見ると70-90年代に順次、米・欧・日で多くの優良企業と思われていた企業の経営の失敗が続出した。そして、そのような失敗を予防し、あるいは、早期に是正するはずのガバナンス制度が働かず、経営不振に陥った企業・株価の低迷する企業に対する敵対的買収が大きな流れとなった。
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また、グローバリゼーションは各国国民経済の制度間競争を引き起こした。具体的には、リスクと機会が高い分野における企業活動には、融資よりもリスクに耐えられる出資が必要であり、このために資本の出し手がリスクとチャンスを判断できるような仕組みや、資金の出し手と受け手の微妙な嗜好に対応する、きめ細かい資金調達分配手法の整った資本市場は必須のものとなった。また、ビジネスの第一線と後方との情報の非対称性の拡大は、メインバンク型の少数の主体によるきめ細かいフォローよりも、多くの主体によるさまざまな角度からの監視のほうが、結局、大局観と全体像をつかむのに適している状況を作り出した。
また、不可避的に生じる失業労働移動に柔軟に対応でき、また、個人から見ても能力を伸ばし、発揮できるような労働市場も不可欠なものとなった。そして、それらの資源を柔軟に配置できるような企業組織の改編を可能にする制度とともに、常に企業の競争力を高めるような経営に向けた規律付けと、リスクをとった経営に必然的に伴う経営の失敗に対してその迅速な方向転換を可能とするコーポレートガバナンスの仕組みが必要とされることとなった。
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このような変化は、ガバナンスの制度設計の前提を大きく変えた。
すなわち、リスクに強い出資資金の重要性は株式市場での評価を重要なものにしたこと、株式市場での評価は企業の付加価値創造力、すなわち、経営資源へのアクセス能力、最適配分能力を反映するものであること、また、企業の業績評価については情報公開を最大限に活用しつつ継続的評価を行う多様な市場型の監視エージェントが育ってきていること、などである。各国でこのような変化を踏まえたガバナンス制度への移行が進むとともに、この結果、株式市場の評価を通じて早期に経営者の交代を迫るM&Aは合理的で緊張感のある経営を確保する、きわめて有効な手段となりうるとの認識も一般化した。
また、一足早くこのような観点からの制度設計を終わっていた米国では、この延長線上で、情報公開の徹底、会計監査法人・外部取締役の一層の責任の強化が進むとともに、機関投資家は、株式市場を通じる規律の実行には所有株式の下落リスクが大きくなったため、みずからが、株主総会で積極的に株主提案を行う方向に動き始めた。更に、企業の長期的な成長の視点の重要性も再認識され、それを社会的責任として経営に組み込む手法も発展した。
M&Aに対する防衛策の評価に当たっても、このような流れを踏まえる必要がある。まず、90年代以降、わが国の会社法も、急速に、持ち株会社、合併、企業分割、連結などの組織改編の柔軟化、種類株、ストックオプションなどの資金調達の柔軟化をすすめた結果、すでに多くの防衛策は商法上可能となっている。したがって、適切な防衛策については平時に導入しそれを開示することがまず出発点となる。さらに、過剰でない適切な防衛策になっているかの判断に当たっては、企業価値の増加に資するかどうかを判断の軸とすべきであり、この点からは、企業価値を毀損する恐れのあるM&Aに対して集中的に働くように設計されているかなどが重要な要素となる。また、その運用に当たっても、社外役員の活用などにより経営者の恣意を排し、株主が最終的な判断権をもつ形の防御策とすることなどの原則に沿った制度設計が望ましい。更に、より根本的な経営姿勢として、常に企業価値を高めるような経営を行うことはもちろん、価値を株主に還元する道筋も意識した経営を行うことが、防衛策の前提となる。
いずれにせよ、グローバルな市場の拡大により、企業行動が共通のものさしで判断される傾向がますます加速されている今日、わが国においても、ルールと、その中におけるベストプラクティスを成熟させていくことが焦眉の急となっている。
2005年10月号『情報未来』(NTTデータ経営研究所)に掲載