"産業再生できない"再生機構への不安

藤原 美喜子
RIETI客員研究員

いよいよ具体化する「産業再生機構」だが、問題点が少なくない。政府、業界、専門家が一体となって、産業の過剰設備を削減することが欠かせない。

「企業の生き死にを決める閻魔大王が産業再生機構である」(塩川正十郎財務大臣)

竹中平蔵経済財政・金融担当大臣が昨年10月30日に発表した総合デフレ対策に、産業再生機構の設立が盛り込まれた。政府は、デフレ原因の1つとなっている不良債権処理を加速化するため、企業の過剰債務整理に本格的に乗り出す姿勢を明らかにしたのである。先送りされてきた不採算企業の過剰債務問題が抜本的に解決されるという期待から、市場は一時、好感した。

だが12月19日に決定された「企業・産業再生に関する基本方針」を見る限り、痛みを伴う産業再生を政府が本格的に行う意思が見えない。「族議員からの横ヤリがある限り、役人が企業の生死判定などやれるはずはない」との官庁関係者の声もある。どうやら産業再生機構は、要管理先企業の「生き死にを決める機関」ではなく、不良債権の「塩漬け機関」として使われる可能性が強い。

再生機構「4つの問題点」

銀行から不良債権を切り離し、再生可能な企業や事業を蘇らせる産業再生機構構想には、確かに大きなメリットがある。準メーン銀行から債権を機構が買うことで、再生作業における交渉相手の数が減るからだ。だが、再生の基本指針を読む限り、使い勝手の良い機構とはいえない。おそらく「閻魔大王」が不在の機構になる。その問題点を4つ挙げる。

まず第1に、企業再生可能性の判断基準はこれでよいか、との疑問だ。

企業再生の可能性を判断するための基準は必要だが、「再建最終時に有利子負債を営業キャッシュフローの10倍以下にする」という基準が、全く的外れだ。業界によって資本構成が違うのだから、一概に10倍以下とはいえない。ITや薬品業界などは、ほとんどが自己資本でファイナンスをするし、かたやリース会社などは、健全な会社でも通常10倍以下はない。一部上場企業のオリックスの有利子負債は、営業キャッシュフローの実に48倍(2002年3月期有価証券報告書)だ。健全企業でかつリース業界ナンバーワンのオリックスを、産業再生不適格企業と考える投資家はいない。

投資銀行は一般的に、再生可能性の判断基準として、企業価値(投融資+純営業資産)の時価と純有利子負債の多少をみる。再生終了時は、業界で同じ格付けを持っていそうなところの資本構成を参考にし、有利子負債と自己資本の比率や金利カバー比率(企業の金利支払い能力を示す指標)などをみる。再生機構が本当に企業再生の専門家組織を形成するつもりなら、これらの基準を再考してもよいはずだ。だが再生機構は基準を厳しくし、買い取り間口を狭め、再生確実な案件だけをメーンバンクと要管理先企業から持ちこみたいのが本心のように見える。

第2に、再生企業の数値目標は存在するのか、という疑問だ。

東証に上場している企業1750社(金融セクターを除く)の3分の1以上が過剰債務企業だ。なかでも不況業種といわれている建設・不動産などでは、2社に1社が過剰債務企業である。建設会社のなかには土木事業で再生可能な会社もある。しかし、売上高500億円以上のゼネコン42社のうち有利子負債/CF倍率が10以上の企業が31社あるゼネコン業界が、再生機構を使い3年間で再生をすることは難しいだろう。

このままでは、政府主導の企業再生基準が厳しいため、再生可能な企業が機構に持ちこまれない恐れがある。谷垣禎一産業再生担当大臣が、再生のスピードを重視する気持ちはわかる。だが、再生申請書を1件審査するだけでも、通常は3~6カ月かかるはずだ。いままで10年近くも先送りしてきた日本の過剰債務問題を現実的に考えた場合、3年での再生は短すぎる。

過剰債務の上場企業約600社のうち、何社を3年という短い期間で再生するつもりなのか、また、企業再生の過程で、再生機構は経営者の交代や企業戦略の変更などを強要できるのか。機構の基本指針は、これらの点に触れていない。10兆円の血税を使うにしては、谷垣大臣からの再生機構の仕組みについての説明が少なすぎはしないか。

第3に、再生機構の買い取りはなぜ債権のみか、という疑問だ。

不良債権を持った金融機関の財務諸表を改善するには、事前に、借り手企業の資本構成を健全にする必要がある。債権放棄が、すなわち企業再生になるとは限らない。日本での企業再建案では、債権放棄を安易にしすぎる傾向がある。複数回の債権放棄を実施するのは、先進国では日本ぐらいのものだ。再生機構は、なぜ画一的に債権買い取りだけを試みるのか、との根本的な疑問が残る。

投資銀行では、財務諸表の毀損具合によっては、資本構成を改善させるために債務の株式化(債権の時価と等価の株式を受けとること)を提案したりもする。過少資本を改善し、企業価値を高める経営を実施しない限り、企業は再生されないからだ。再生機構が本当に企業の再生を願うのなら、債権だけでなく、債務の株式化の株式の一部を買ってもいいのではないかと思う。再生機構には、この業務が抜けている。よもや、企業再生の作法をよく知らない人々が再生機構の舵取りをしているわけではあるまい。

最後に、入り口と出口は用意されているか、との疑問も残る。

整理回収機構(RCC)は、不良債権を原則時価で買い取っている。再生機構の場合、再建可能と判断した不振企業の債権を時価ではなく「企業の再生を念頭に置いた適正価格」(DCF=ディスカウント・キャッシュ・フロー=による引当金を債権簿価から引く)で購入することになっている。その場合、対象企業が立ち直れば問題ないが、立ち直らない場合は、再生機構の損失が生まれる。基本方針は、このシナリオへの対処に触れていない。

また、出口機関が今のところ存在しないため、5年後の段階で債権価格が買い取り価格以下になった場合はどう対処するのかが、はっきり見えてこない。メーンバンクが引き取ることになる、との噂も聞くが、不良債権市場は現先市場(一定期間後に買い戻すか売り戻すことを条件に公社債を売買する取引)ではないことを、忘れてはいまいか。

政府介入の是非

「企業再生を政府主導でやるべきではない」との意見がある。日本は社会主義国ではない、市場原理に任せよという。だが、そうだろうか。

バブル崩壊後、わが国は00年までに株・土地の下落により1500兆円(GDPの3年分)の資産価値を失った。このデフレ不況はいまだに続いており、金融機関の不良債権処理の足をひっぱっている。

1994年3月期以降、銀行の業務純益は不良債権処理額より小さく、「実質上の赤字」が続いている。官僚や政治家による失業対策や、日銀の金融緩和政策によって、企業は、株価が額面割れしようが、10円以下になろうが、銀行が融資を止めない限り簡単には倒産しない仕組みになってしまった。つまり主要国に比べ、市場の裁定が効きづらい状況になっているのだ。この環境下で、金融機関などの債権者が独自で大手企業の整理を決めるのは困難だ。誰も、失業者を増やす悪者だと非難されたくない。しかし、株価の下げは、持ち合い株からくる含み損を拡大し、銀行がBIS規制の8%(国際基準)を維持するのを難しくしている。

さらに政府の歳入も、赤字企業が増えることで50兆円から40兆円へと減少し、いまや日本の歳出の国債への依存率は、45%を超えている。消費税率を引き上げようと財務省が提案しても、個人消費のさらなる冷え込みの原因にもなりかねないため、今のところ、政府は決めかねている。

企業セクターでは、政府が本腰をいれて不況産業の供給過剰問題に取り組まない限り、過剰債務の整理も進まない。もはやこの問題は、銀行と企業で解決できる問題ではない。産業再生機構を設立し、政府主導で不良債権と過剰債務問題を解決しようとするのは正しいといえよう。

政府主導の処理私案

だが、政府案の再生機構には「企業」の再生が組みこまれてはいるものの、「産業」の再生の明確なビジョンが見えてこない。そこで、国主導の産業再生案を提案したい。

東洋大学経済学部の益田安良教授は、次のように書いている。

「デフレの根底には巨大な需給ギャップが横たわっている。これを正常なレベルに戻さない限り、デフレも株価下落も地価下落も止まらず、設備投資も盛り上がらない。(中略)建設業を見ると、建設工事額が91年度にピークをつけた後に47%減少するなかで、就業者数、事業所数、借入残高はいまだに91年の水準を上回っている。少子化による世帯数減少、産業空洞化、公共投資削減といった要素を考えると、建設需要が再び拡大トレンドに戻る公算は低い。こうした供給過剰構造の下では、優秀な建設会社であっても収益は上がらない。(中略)例えばゼネコンの2割が事業を縮小すれば、残った8割の事業の収益率は正常に戻る可能性があるといわれる」(本誌02年12月10日号)

政府と業界、有識者が一緒になり、産業の過剰設備を削減しない限り、企業の過剰債務問題は根本的には解決されない。これが、今年4月に設立される産業再生機構に抜けている。

役所と業界の仕事は、規制緩和と自由化を前提とした不況産業の需給曲線を予想し、これを基に、何十%の過剰設備を削減したら残りの事業の収益率が上がるかを計算することだ。そして役所は、企業の数をどれぐらい減らせば残りの企業が黒字になり、法人税収がどのくらい増えるかのシミュレーションをする。再生とは、企業の黒字化だ。国民の税金を使い産業再生をする以上、その産業に属している企業からの法人税収を増やすことに役人が力を貸すのは、役人と国民の関係を向上させる。

そこで、建設業界をいかに生き返らすかのプロジェクトを国土交通省の優秀な若手官僚に与え、業界の力を借り、産業再生のプランを作ってもらう。若手官僚に将来の建設業界のビジョンを作ってもらう。これは彼らにとってチャレンジングなプロジェクトになろう。各々の企業をどう整理するかについては、役人や政治家はかかわってはいけない。

また、企業の再生・整理を専門とする民間の専門家集団に適正な手数料を払い、再生プランを書かせてもよい。その後、これらの企業の債権を銀行のバランスシートから外せばよい。機構は、債権を購入するだけでなく、再建対象企業の経営陣を入れ替え、新経営陣にはストックオプションを与えることも可能にする。

再生機構は再建案を審査するだけでなく、再建を成功させるためのビジネスモデルを企画立案してもよいと思う。帳簿上、債務超過に見える対象企業でも、企業価値の時価評価では債務超過でない場合がある。資本構成を変えることでそういう企業の企業価値が向上できるなら、銀行や再生機構は債務の株式化を受け入れるべきだ。企業価値が上がる限り、株の価値も上昇するはずだ。

そして、再生機構は四半期に一度、対象企業の再生状況をチェックすべきだ。勤勉で優秀な官僚に頑張ってもらうため、国会議員は国会審議に関しての質問事項を、2日前までに提出することも忘れてはならない。

投資銀行業務は、日本政府並びに金融機関の弱点である。金融のグローバル化が続く限り、日本政府はこの分野での専門家を養成する必要がある。今やろうとしていることは、将来、多方面に生きることだろう。再生機構を5年で終わらせず、将来、民営化し、世界に通用する金融の専門家の組織を持つことは「日本の強み」になる。民営化の際には、再生機構の成功に貢献した人々に株を与え、彼らの尽力に報いてもよい。

自信の回復

戦後、短期間で開発途上国から先進国への仲間入りを果たした日本が、なぜいま変われないのか不思議に思っている海外の日本通の人は多い。戦後、日本経済の成長に多大なる影響を与えた下村治博士(元日本開発銀行理事)は「経済発展の真の原動力は、人間の、つまり国民の成長意欲であって、人の意思、行動と離れて経済発展はあり得ず、どんな良い条件があっても、伸びようとする意思と行動がなければ、その条件は生かされない」と言っている。

日本の優秀な若者の力を借り、産業を再生し、我々は失った自信を取り戻すべきである。

「企業・産業再生に関する基本方針」

産業再生機構は、昨年12月19日に決定された「企業・産業再生に関する基本方針」のなかで、預金保険機構の下に設置され、政府が関与する株式会社とされている。今年の通常国会で産業再生法の改正案と産業再生機構の設置法案が提出され、4月に発足する予定。
政府は主に運営方針と役員の選出に関与し、人材は官民が供給する。機構内に産業再生委員会(有識者7人以内)を設置し、委員会はメーンバンクと要管理債権先の企業が共同で申請する再建計画の再生可能性を判断する。再建可能と判断した不振企業の債権を準メーンから買い取る。債権買い取り価格は「対象企業の再生を念頭に置いた適正な時価」。機構の存続期間は5年。債権買い取り期間は2年の短期集中型となる。企業の再生可能性の判断は主に2点。(1)再建計画は3年以内、(2)再建終了時に債務残高を営業キャッシュフロー(現金収支)の10倍以内にする。
買い取り資金枠は10兆円で、当面は、大企業の要管理先債権の買い取りを優先する見込み。自民党は、破綻懸念先のうち再建可能な企業や、要注意先の企業も含めるべきと主張している。

2003年2月4日号 『週刊エコノミスト』 (毎日新聞社)に掲載

2003年2月17日掲載

この著者の記事