原油価格のさらなる下落を招くシェール企業
止まらない増産、協調減産の効果を打ち消しに

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は1バレル=50ドル台前半で推移している。

OPECをはじめとする主要産油国の協調減産開始が下支えとなっているものの、中国をはじめとする世界経済への先行き不安が上値を抑えるという基本的な構図に変わりはない。

サウジアラビアが先導する協調減産

まず、主要産油国による協調減産の状況をみてみよう。

OPECの昨年(2018年)12月の原油生産量は前月比75万バレル減の日量3158万バレルだった。サウジアラビアは前月比47万バレル減の1055万バレル、政情不安のリビアが前月比17万バレル減の93万バレルだった。

サウジアラビアは今年1月の原油生産量を日量1020万バレルまで減らし、減産の基準となる昨年10月の日量1064万バレルから44万バレル削減したとされている(1月28日付ブルームバーグ)。この削減量はOPEC全体(日量80万バレル)の半分以上に相当する。

減産への断固たる態度を示すサウジアラビアとは対照的に、ロシアの減産は事前の予想以上に進んでいない。ロシアは合意の基準である昨年10月の日量1142万バレルから1119万バレルまで減産する必要があるが、1月中旬までの原油生産量は日量1139万バレルとわずか2万バレルの減産にとどまっている。原油生産設備の凍結防止の面から冬季に原油生産を止めにくい事情があると言われている。サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は1月28日、米国のテレビインタビューで「ロシアが減産ペースを速めると約束した」と述べたが、ロシアの減産が進まない限り、原油価格のさらなる上昇は望めない。

米国の制裁が続くイランの12月の原油生産量は前月比16万バレル減の日量277万バレルとなり、輸出量は110万バレルに縮小した。だが、EUが米国の対イラン制裁の適用を免れるため米ドルで決済しない特別目的事業体を設立することを決定したことで、イラン産原油の輸入を数カ月以内に再開する可能性が出てきた(1月23日付ロイター)。また、今年5月には米国政府によるイラン産原油輸入8カ国に対する半年間の特例が期限を迎える。イラン産原油の供給減少が原油価格の上昇につながることから、米国がイラン産原油を市場から完全に排除する可能性は低いとの見方も出ている(1月18日付ロイター)。

1月下旬に入り市場関係者の注目を集めたのはベネズエラである。

ベネズエラの12月の原油生産量は前月比3万バレル減の日量115万バレルとなり、国内の政情不安から直近2年間で70万バレル以上の生産が減少した。これまで月ベースの減少幅が小さかったことから市場に与える影響は限定的だったが、1月23日にベネズエラのマドゥーロ大統領がトランプ大統領が野党指導者を暫定大統領として承認したことに反発し米国との断交を宣言したことから、原油生産の大幅な減少が生じるとの見方が生じたのである。

1月28日、米国政府はベネズエラ国営石油会社PDVSAに制裁を発動したが、同社の生産活動へのダメージは軽微なものになると見込まれる。昨年のベネズエラの原油輸出の約5割(日量50万バレル強)が米国向けだったことからわかるように、イラン産原油とは違いベネズエラ産原油はトランプ大統領が嫌がる米国のガソリン価格の上昇に直結するからである。

2017年からの協調減産を振り返ると、同年8月に遵守率が100%を超えると原油価格は上昇基調に転じ、遵守率が140%超となった2018年5月には原油価格は1バレル=70ドル台まで上昇した。ただし、国際エネルギー機関(IEA)のビロル事務局長は1月23日、「原油市場の需給均衡の取り組みは短距離走というよりマラソンだ。今年の原油価格は昨年の高値を抜けることはないだろう」と述べた。昨年11月に5年平均の水準を上回ったOECD諸国の原油在庫が減少に転じるのは今年の第2四半期以降だとIEAは予測している。

シェールオイルを減産させるためには?

原油価格の上昇に向けてのサウジアラビアの必死の努力が続く中で「大きな壁」となって立ちはだかるのは米国のシェールオイルである。

米国の原油生産量は原油価格が下落したのにもかかわらず日量1190万バレルと過去最高水準を維持しており、今年の米国の原油生産量の平均は日量1210万バレル、来年は1290万バレルとなる見込みである(米エネルギー省)。シェールオイル生産の5割弱を占めるパーミアン地区のタンクローリーによる原油輸送量が今年第2四半期に4倍増となることから、輸送インフラ不足の懸念も薄らいでいる。

米エネルギー省は1月下旬に2050年までの長期予測を公表したが、その内容は「米国の原油生産量を2027年まで拡大し、2040年まで日量1400万バレル以上の生産量を維持する」というものである。米国の原油生産の7割を占めるシェールオイルの採算ラインは既存の油田で1バレル=25~40ドル程度、新規開発の油田で50ドル以下であり、技術的に採掘が可能な米国のシェールオイルの埋蔵量は782億バレルと世界一であることがその根拠である。

世界経済フォーラム(ダボス会議)に出席したロシアの投資ファンドCEOが「米国のシェールオイルを減産させるためには原油価格を40ドル以下にする必要がある」と発言した(1月23日付ロイター)ように、昨年10月の高値(1バレル=77ドル)から下落したとはいえ現在の価格水準ではシェールオイルの増産は止まらない。

一方、米国の原油需要は昨年まで6年連続で増加したが、このところガソリン生産が過剰気味となっており(1月25日付OILPRICE)、今年に入り原油在庫、ガソリン在庫が共に大幅増となっている。

中国の需要減退、シェール企業の「売り」ヘッジ

世界一の原油輸入国となった中国は、昨年の実質成長率が6.6%と28年ぶりの低さだった。昨年の自動車生産台数は前年比3.8%減となり、プラスチック原料のエチレン生産量は頭打ち傾向が続いており、国内の原油需要(国内の石油精製量+石油製品純輸入量)が急減速している。

その中で昨年11月と12月の原油輸入量は日量1000万バレルを超え過去最高水準となった。「茶壺」と呼ばれる民間製油所の輸入攻勢が原因とされているが、昨年は4%増だったガソリン需要は今年はほぼ横ばいになるとの見通しであり(1月25日付OILPRICE)、需要を超えて原油が輸入された反動が近いうちに生じるのは時間の問題である。

昨年10月からの原油価格下落で大きな役割を演じたとされる「CTA」(商品取引アドバザー、アルゴリズム取引を得意とする)は、中国経済のスローダウンに焦点を当てており(1月21日付ZeroHedge)、中国の原油輸入量が減少すれば原油価格が再び50ドル割れする可能性が高いだろう。

CTAとともに昨年後半の原油価格下落を招いたのはシェール企業自身だったとの観測も浮上している(1月18日付OILPRICE)。

キャッシュフロー不足に悩むシェール企業は将来の原油収入を確定するため、原油価格の下落局面では先物で「売り」ヘッジを行う傾向があり、昨年第4四半期に1.5億バレル分の先物の「売り」を出していた。シェール革命以前の2007年時点でシェール企業は4カ月分のヘッジを行っていたが、昨年末は8カ月分のヘッジを行ったとされている。その間の生産量は5倍になったことから、シェール企業の売りヘッジのトータルのボリュームが10倍となり、大量の「売り」注文は原油市場における強烈な下押し圧力と化したのである。

足下の原油市場は均衡状態にあるが、中国の原油需要減退がCTAの「売り」を招き、シェール企業が大量の「売り」ヘッジを行えば、原油市場で再び「フラッシュクラッシュ」が生じてしまうとの構図が目に浮かぶ。

「ジャンク債市場」崩壊の危険性

原油価格が再び下落すれば、シェール企業の資金調達先の1つであるジャンク債市場にも悪影響を及ぶことは必至である。

原油安が原因で急落したジャンク債市場は、原油価格の反転により落ち着きを取り戻しつつある(1月9日付日本経済新聞)が、今年の発行市場の滑り出しは極めて低調である(1月21日付ブルームバーグ)。

その要因の1つに挙げられるのは米FRBのバランスシート縮小である。

世界の金融市場の変調から米FRBは利上げ停止を示唆したものの、月間最大500億ドルのペースでバランスシートを圧縮していく方針に変更はない(米FOMCは1月30日、バランスシートの縮小について柔軟に対応する考えを示唆した)。量的引き締めは3%分の利上げ効果がある(1月15日付ブルームバーグ)との見方があり、進行中の資産デフレを食い止めるためには量的引き締めの中止が不可欠である。

米FRBの市場からの資金引き揚げが加速する中、2019年から2023年にかけてシェール企業をはじめとするエネルギー企業が発行した債券が満期を迎えるが、その規模は毎年2000億ドルと巨額である。

原油価格が再び下落すれば、満期後の借り換えのための起債が円滑に実施できずにシェール企業が大量倒産するような事態が起きてしまう。そうなればジャンク債市場全体が崩壊し、世界の株式市場へ悪影響が及ぶ。世界経済の急減速がさらなる原油価格を招くという悪循環になりかねない。

このように今年の原油市場、ひいては世界の金融市場の「一寸先は闇」である。

予断を許さないサウジアラビア情勢

最後にサウジアラビア情勢について述べてみたい。

このところサウジアラビアに関する動きは目立たないようになったが、1月28日、サウジアラビア政府は今後10年で約48兆円の民間投資を見込む産業戦略を発表した。

ムハンマド皇太子が掲げてきた「未来都市」構想ではなく石油関連産業を育てることが強調されており、「地に足のついた」構想への軌道修正が図られているが、国際金融情勢に暗雲が漂う中、「人の褌で相撲を取る」スタイルのままでうまくいくのだろうか。

安全保障面ではイエメンのホデイダでの国連主導の停戦が続いている状況下でも、サウジアラビアが主導するアラブ連合軍の空爆が激化している。

1月24日付米ワシントンポストは「サウジアラビアの首都リヤドの南西に固形燃料を使った弾道ミサイルロケットの製造工場を中国の協力を得て建設した」とする専門家の分析を伝えた。これが事実であれば、対立するイランの反発は必至であり、中東の軍拡競争のレベルが飛躍的に高まることになる。

引き続きサウジアラビア情勢には要注意である。

2019年2月1日 JBpressに掲載

2019年2月8日掲載

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